全共闘世代は「逃げ切り世代」なのか? 年収1000万円以上もズラリ… 重信房子氏ら元学生運動家にアンケート
2019/06/19 17:00
学生に占拠された東大安田講堂の正面。学生の投石に機動隊は放水で応酬した=1969年1月 (c)朝日新聞社© Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 学生に占拠された東大安田講堂の正面。学生の投石に機動隊は放水で応酬した=1969年1月 (c)朝日新聞社
今から半世紀前、日本には「革命」や「社会変革」を目指す学生があふれていた。ベトナム反戦運動などをきっかけに1968年から69年にかけて、大学で授業のストライキや構内のバリケード封鎖が相次いだ。東大安田講堂も学生に占拠され、69年1月には警視庁の機動隊が突入し、封鎖を解除した。いわゆる「東大安田講堂事件」である。その後、69年9月に全国78大学が参加して「全国全共闘」が結成される。いつしか、その若者たちは「全共闘世代」と呼ばれるようになった。
来るべき社会の理想像を熱く語りあった若者たち。一方で、卒業後は長い髪を切って就職し、「モーレツ社員」と呼ばれながら高度経済成長期とバブル時代を走り抜けた。そのことから、全共闘世代は日本が最も豊かな時代を生き、老後を満喫する「逃げ切り世代」と呼ばれることもある。最近では、学生時代に鍛えた論破術で人を言い負かすことは得意でも、組織ではお荷物扱いされて「老害」と批判されることも多い。
しかし、ある世代をひとくくりにして、単純な印象から評価をすることはおかしなことだ。どの世代でも、性格の悪い人もいれば、尊敬されている人もいる。全共闘世代には、闘争に敗れた後に故郷に戻り、次なる夢として医療や農業などの分野で地域を支えることに人生を捧げた人も多い。もちろん、70年代に入って学生運動が下火になっても活動を続け、現在は獄中で過ごしている人もいる。
そこで、戦後の一時代をつくった全共闘世代の実像に迫るため、プロジェクトが立ち上がった。呼びかけ人となったのは、全共闘運動に関わった有志で、かつての仲間たちに75問にのぼるアンケートを依頼した。設問もユニークで「全共闘あるいは何らかの政治社会運動はあなたの人生観を変えましたか」といったものから、現在の年収や資産、天皇制や現在の政治に対する態度、そして辞世のことばもたずねている。
プロジェクトは「全共闘運動50周年『続全共闘白書』編纂実行委員会」と名づけられた。「続」とついているのは、25年前に同様の企画を実施し『全共闘白書』(新潮社)として出版されたことがあるためだ。同プロジェクトの事務局を務める前田和男さんは、こう話す。
「全共闘世代の大半はすでにリタイアしています。過去の経験を『若い時代の美しい話』にするのではなく、失敗や全共闘世代の矛盾の記録も後世に残し、一つの時代を生きた者たちからの教訓としてほしい。いわば、私たちの“遺書”を残すということです」
回答は現在も受付中で、続々と興味深いものが集まっている。元日本赤軍の重信房子氏やよど号ハイジャック事件で国際手配され、現在も北朝鮮で暮らす小西隆裕氏からも回答が寄せられた。
いったい、全共闘世代とはどんな人たちなのか。6月3日時点の中間集計から、その“実像”を紹介しよう。なお、回答者の全体像として、設問の「全共闘運動あるいは何らかの政治社会運動にどのような形で参加しましたか」では、「活動家として参加」と回答した人が6割を占めている。この人たちは学生運動に確信派として参加したという前提で、回答をご覧いただきたい。
まずは年収から。日本で65歳以上の高齢者世帯の平均所得は308万円(平成30年版高齢社会白書)、全世帯の平均所得は545万円となっている。69年の安田講堂事件の時の学生運動家たちを全共闘世代の中心と考えると、回答者のほとんどが70歳前後の高齢者だ。回答を見てみると、やはり年金暮らしの人が多く、全体の約4割が年収250万円以下。100万円以下と答えた人も複数いた。
ちなみに、麻生太郎財務相が受け取りを拒否したことで問題となっている「老後が30年続けば、約2000万円が不足する」との金融庁報告書は、高齢者夫婦で年金を含む年収が約250万円の世帯が想定されている。全共闘世代はまだ「高齢者」の仲間入りをしたばかり。年収250万円以下の人たちは、長生きをするなら、あと2000万円以上を何らかの手段で稼がなければならない。もちろん、現在の年収が低い人はさらにその額が大きくなる。
251万~400万円の層も全体の約3割を占める。この層には非常勤職員などで年金以外の収入を得ている人も多い。ただ、年齢を重ねると働く場所は少なくなっていくことが予想されるので、数年後に250万円以下に下がってしまう人もいるだろう。年金財政の危機は、全共闘世代を直撃している。
一方で、700万円以上の回答者は約1割を占め、最高額は3000万円。1000万円以上も複数いた。「平成28年度東京都福祉保健基礎調査」によると、東京都の高齢者のみの世帯で年収700万円以上は8.3%なので、平均と大きな差はないともいえる。サンプル数が少なく、年収はプライバシーに関することなので回答拒否も多いことから統計資料としては参考程度にとどまるが、アンケート結果から見えてくるのは、全共闘世代の元活動家の間でも「格差」が存在するということだ。
家庭の構成については、約9割が一度は結婚を経験しているか、同居するパートナーがいると回答している。国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、全共闘世代が該当する2000年時の50歳時未婚率は男性13%、女性6%なので、おおむね同世代の平均に近い。
続いて、政治的な思想の傾向はどうか。支持政党については52%が立憲民主を支持し、続いて自民が8.8%、共産が6.8%。報道機関の世論調査では、自民党の支持率はおおむね30~40%で推移している。近年の傾向として、60歳代は他の世代と比べて自民の支持率が低い傾向があるが、全共闘世代ではやはり野党支持者が圧倒的に多い。
意外な結果を見せたのは、天皇制についてだ。革命や社会変革を志した若者時代、天皇制に反感を持っていた人が多かったことは想像に難くない。ところが、平成時代の天皇(現在の上皇)については66%が「評価する」と回答した。
上皇ご夫妻は、学生運動が下火になった頃の75年に沖縄を初訪問した。その時にはひめゆりの塔で献花をした直後、新左翼系の過激派から火炎ビンを投げられた。しかし、その日のうちに「払われた多くの尊い犠牲は一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、一人一人、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」との談話を発表し、犯人を批判することはなかった。その言葉通り、上皇さまは皇太子時代に5回、平成の30年間で6回の計11回、沖縄への訪問を続けた。国民の統合の象徴として平和を祈る活動を続けた平成時代を通じて、元活動家の中でも天皇制への思いに変化が生まれたのかもしれない。
学生運動についての評価はどうか。「運動に参加したことをどう思っていますか」の質問では、85%が「誇りに思う」と回答。68%が学生運動は「現在の人生の役に立っている」と評価した。一方で、当時、本当に革命が起こると信じていたのは約4割。運動をやめた理由には、仲間内で殺し合う「内ゲバ」や「就職」を挙げた人が多かった。
全共闘世代は、学生時代に国家と闘った経験を持つと同時に、どこかに敗北感を抱きながら人生を過ごした人たちでもある。「伝え遺したいこと」の質問では、以下のような回答があった。
「就職後は基本、イエスマンでした。怒りは当時(学生運動時代)に置いてきたので、感情的にもならず、会社の部下や同僚から慌てたり怒った姿を見たことがないと言われた理由がそこにありました」
「都合37年間『ヒラ』で定年を迎えました。内ゲバで重度の障がい者となった元活動家と会ったことがありました。『贖罪』の気持ちから、一生『ヒラ』でいようと決意しました。(中略)かつての活動家の訃報を聞くたびに『贖罪』の気持ちが高まり、何か『宗教』への帰依を思う年齢となりました。<ただ犀(サイ)の角のごとく独り歩め 釈迦>」
「私の場合、幸運なことに大学中退やいくつかの逮捕歴にもかかわらず、それなりの収入を得る仕事に就くことができたが、仲間の幾人かは相当苦労する生活環境にあったと聞く。そのような環境を負わせた責任を感じていた時期もありました」
最後に、学生運動が下火になった後も活動を続けた人たちの言葉を紹介しよう。現在も服役中の日本赤軍の最高指導者・重信房子氏は、「運動に参加したことが現在の人生の役に立っていますか」との問いに「世界各地の人と出会い、充実した生をいきてきた」、現在の課題については「出所し、社会参加すること」と答えている。
同じく日本赤軍の元メンバーで服役中の和光晴生氏は、伝え遺したいことに、こう書いている。
「(全共闘運動は)学生運動である以上、期間限定付きのものでしかなかったわけです。卒業するやいなや、勤め人化したこととか否定的に見られる面はありますが、各人が社会生活の中でかつての想いを活かしていた例は多いはずです。連合赤軍の自壊、小グループによる爆弾闘争、党派間の内ゲバ、アラブでの『人質作戦』展開などが、大きな後退をもたらしてしまいましたが──」
70年3月に過激派学生ら9人が民間航空機をハイジャックして北朝鮮に亡命した「よど号事件」のメンバーの一人である小西隆裕氏は、現在も住む北朝鮮から回答を寄せた。
「全共闘の闘いは、何よりも、民意にこたえれば、運動は大きく発展し、民意から離れ自分の主観的願望に陥れば、運動はたちまち終息してしまうことを教えてくれたのではないかと思います。(中略)今こそ、民意に学び、民意にこたえ、民意を最後まで実現する真に『新しい政治』が切実に求められているのではないでしょうか」
アンケート調査は6月30日まで実施している。前出のプロジェクト事務局の前田さんは「幅広い声を集めるため、いろんな人に回答してほしい」と話す。今後は、アンケート結果をもとにシンポジウムを開き、集計結果は書籍化される予定だ。(AERA dot.編集部・西岡千史)
■問い合わせ先
全共闘運動50周年『続全共闘白書』編纂実行委員会事務局
03-5689-8182(担当者・前田)