韓国の文在寅大統領が4月10日ワシントン入りし、11日にドナルド・トランプ米大統領と会談する。
2月末のベトナムの首都ハノイで行われた米朝首脳会談が決裂してから初の米韓首脳会談だ。
トランプ大統領が金正恩朝鮮労働党委員長との会談に応じたのは文大統領の仲介がきっかけだ。2回目会談も文大統領の口車に乗ってトランプ大統領はハノイまで出かけて行った。
ところが会談は決裂。理由は、トランプ大統領が「北朝鮮が保有する核兵器関連物資をすべて米側に手渡せ」と言い出しからだといった情報が支配的になってきている。
(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/03/post-11905.php)
「すでに北朝鮮には何度も騙された」(ディビッド・スティルウェル米国務次官補=東アジア太平洋担当)と見る米政府部内の対北朝鮮強硬派の判断に、トランプ大統領は突き動かされたからだろう。
トランプ大統領の対北朝鮮アプローチは昨年3月8日に文在寅大統領の特使、鄭義溶国家安全保障室長を通じて伝えられた金正恩朝鮮労働党委員長からの米朝首脳会談開催の提案からだった。
歴代米大統領が実現できなかったことをやろうとするトランプ大統領は、これに食いついた。折からの「ロシアゲート疑惑」を払いのける絶好の政治スタンスでもあった。
第1回米朝首脳会談(シンガポール)、2回目のハノイ会談と、そのお膳立ては韓国の文大統領だった。
だが2回目会談直前になっても水面下で続けられてきた交渉でも非核化に向けた北朝鮮からの譲歩は見られなかった。
「韓国は北朝鮮の非核化に役立たず」
それでも文在寅大統領は「仲介役」として楽観論を流し続けた。そして金正恩委員長からの譲歩を引き出すためには対北朝鮮制裁の緩和を米側に助言し続けた。
米側の意向を無視して南北統一に向けた具体的な動き(開城での南北朝鮮連絡事務所設置、鉄道・道路網接続着手など)すら見せてきた。
米議会には「韓国は非核化交渉で米国への協力をするどころか、非核化には役立たない同盟国だ」(コリー・ガードナー上院外交委員会東アジア太平洋小委員会委員長=共和党、コロラド州選出)といった露骨な対韓不信感が噴出した。
非核化交渉の仲介役は中国にバトンタッチ
朝鮮半島情勢を定点観測している韓国外国語大学のマンソン・リッチィ准教授(ハワイ東西センター客員研究員)は、朝鮮問題専門サイト「38 North」でハノイ会談以後の米国と北朝鮮、韓国の関係についてこう見ている。
「ハノイでの米朝首脳会談はそれ自体が孤立して行われたものではない。従ってそれによって生じた波及効果は他の事案やこの地域における当事者にも影響を与えて始めている」
「米朝首脳会談が決裂したことにより、一番衝撃を受けたのは韓国だ。韓国は米朝首脳による(非核化)交渉が進むことで南北朝鮮の協力、朝鮮半島の平和、それによって恩恵を受ける経済的利益を期待してきたからだ。その大きな期待はほど遠いものとなった」
「文在寅大統領としては(米朝間の仲介役を自負してきた経緯もあり)義務感もあり、再び仲介役を演じようとするだろうが、その役目は韓国の手から離れている」
「韓国に代わって仲介役を演ずるのは中国だ。ハノイ会談は中国にこの地域での影響力を強める絶好のチャンスを与えたからだ」
「(古代ギリシャの歴史家)トゥキュディデス*1は『強きものはできうることを為し、弱きものは為すべきことができず苦しむ』と記している」
*1=前5世紀中葉のアテナイで寡頭派指導者として活躍した政治家。ペロポネソス戦争に従軍、戦争中に失脚し、亡命。ペロポネソス戦争を叙した「史書」は有名。
(https://www.38north.org/2019/03/mrichey032919/)
文在寅大統領は引き続き仲介役を懇願か
米韓関係に精通する米政府高官OBの一人はリッチィ准教授の見解に共鳴し、筆者にこう指摘している。
「文在寅大統領は、4月11日のトランプ大統領との会談で、米朝首脳間の交渉を何とか再開させるために自分に仲介役を引き続きやらせてほしい、と持ちかけるだろう」
「トランプ大統領の本心は、もうお前には頼みたくない。俺はビジネスマンだ。成果の上がらない取引には興味はないし、どちらの味方か分からないお前さんなんぞは、『You fire!』(お前は首だ!)と言いたいところだろう」
「もっとも米韓は同盟国同士。外交儀礼的にはトランプ大統領は『よろしく』とは言うかもしれないし、そう記者発表するかもしれない。文在寅大統領はそれを誇張して発表するのだろう」
「内憂外患の文在寅大統領にとっては米朝関係の仲介役を続けられるか否かは、政権運営には絶対不可欠だ。北朝鮮の非核化と南北朝鮮和解促進は文在寅大統領にとって『命綱』になっているからだ」
「だが現実的にみて韓国にはもはや『仲介役』はできない。米国の信用を完全に失ってしまっているからだ。北朝鮮にあまりにものめり込みすぎてしまった」
もはや韓国は米朝間の仲介役にはなれないのではないのか、といった見方は韓国側にも出ている。
『朝鮮日報』のアン・ジュンヨン政治部記者は2月28日、会談の先行きを楽観視してきた韓国大統領府はハノイ会談決裂の報を受け終日右往左往していた現実をとらえて、こう書いている。
「韓米両国は緊密に協力していると口では言うが、米国は韓国が対北朝鮮制裁の免除や緩和を呼びかけたり、北朝鮮の人権問題を放置していることについて批判している」
「真実を隠し、現実から顔を背けて、小細工ばかりしているようでは最終的には韓国は誰からも信頼されなくなり、その結果、米朝間の『仲裁者』『促進者』どころか、単なる『見物人』になりかねない状況に追い込まれている」
それでも韓国を無碍にできない米国のジレンマ
しかしながらトランプ大統領にとって、文在寅大統領をそれほど無碍にはできない存在だ。
そのへんの実情をケリー・マグサメン元国防次官補(アジア太平洋担当)は3月26日開かれた上院外交委員会聴聞会でこう証言している。
「米韓同盟関係はお互いが機敏さを必要とする新たな段階に入っている。米韓関係を引き裂くことを北朝鮮は外交上の最重要課題の一つと考えているからだ」
「米国は米韓同盟のメカニズムをより有効に生かすために政府高官たちを訪韓させる必要がある。特に重要なことは(ほぼ合意に達した)在韓米軍駐留経費交渉(SMA)*2などで米国が荒っぽい高圧的なアプローチをしないことだ」
*2=米韓事務レベルでは韓国が在韓米軍経費を従来からの年間8億6000万ドル(全経費の40%)から10億ドル(16%増)に引き上げることで合意している。
(https://thediplomat.com/2019/02/what-does-the-signed-cost-sharing-agreement-mean-for-the-us-south-korea-alliance/)
「対北朝鮮非核化交渉では米韓の緊密な同盟関係は不可欠だ。対北朝鮮との交渉は今後も長丁場になる。外交が暗礁に乗り上げた時には長期的な観点に立った抑止力強化、さらには北朝鮮包囲シナリオも必要になる」
「トランプ大統領は米韓合同演習の一時中止を一方的に発表したが、これは不幸な決定だ。率直に言って、軍事演習や訓練においては駐韓米軍よりも韓国軍の即応能力の方が重要だ」
(https://www.foreign.senate.gov/imo/media/doc/032619_Magsamen_Testimony.pdf)
「トランプ大統領は日韓関係改善に努力せよ」
もう一つ、今回の米韓首脳会談で避けて通れないのが日韓関係だ。前述のマグサメン氏は上院外交委員会での証言でこう述べている。
「同盟関係を論ずるときに米国が取り上げねばならないのが悪化の一途をたどっている日韓関係だ。1965年の日韓基本条約締結以来最悪の状態にある」
「北朝鮮は日米韓3国が協力できるか、否かに最大関心を示している。米国は大統領を含む最高レベルで日韓関係を改善させるための弛みない外交努力をすべきだ」
「日韓関係の改善が遅れれば遅れるほど東アジア地域の安全保障上の米国の国益に支障をきたすことになる」
これは米政府部内だけでなく、米議会における総意だ。だがトランプ大統領が文在寅大統領に面と向かって何と言うか。
かって駐韓米大使館に勤務したことのある米国務省OBはため息交じりに筆者にこう語る。
「慰安婦問題にしても徴用工問題にしても国際社会の常識としては日韓政府が締結した日韓基本条約を誠実に遵守すればいいだけのことだが、今の韓国は、EU離脱をめぐるトラウマに陥ってしまった英国と同じようにみえる」
「正論が正論として通らない。韓国人自身、自分でしか解決できない反日トラウマで身動きできずにいる」
「日本との関係を全面的に見直すことをマニフェストに掲げて登場した文在寅政権のスタンスが行政だけではなく、司法、立法にまで蔓延してしまった」
「これに米国が口を挟むわけにはいかない。外交音痴だが、商売上手なビジネスマンのトランプ氏だからこそ利害の絡む日韓同士の喧嘩に割って入るようなことはしないだろう」
「となると、トランプ大統領は文在寅大統領に苦言を呈す場面などは考えられない」
「日本人にしてみれば、安倍晋三首相との個人的な関係も深いトランプ大統領に、『そろそろ御託を並べるのをやめて安倍とうまくやってくれよ』と文在寅大統領をたしなめてもらいたいと考えるところだ」
現在主要シンクタンクに籍を置く別の国務省OBは、「それは甘い」とこう指摘する。
「今の米国は、外交の機微とか国際的倫理や常識などには疎い、頭の鈍い、思い通りにいかないとわめき散らすガキが大統領だということを忘れないことだよ」
「彼の関心はすべてカネ、儲かるか儲からないか、だけが判断の尺度だ」
文大統領がどうしても欲しい訪米みやげ
「トランプの一言」
この国務省OBの見立てはこうだ。
「トランプ大統領は、米議会が日韓関係を憂いていることを引き合いに出して、『日韓首脳同士、何とか収めてくださいよ。何か私でできることがあったら言ってね』というのが関の山だろう」
「それを文在寅大統領は『トランプ大統領は仲介役になってくれた』と国内向けに宣伝できるし、ありがたい土産になるはずだ」
「安倍首相にとっても対韓国で別に譲歩を迫られるわけでなし、問題はないはずだ。外交音痴のトランプ大統領がそこまで本音と建て前を使い分けることができる本来の米大統領外交ができるかどうか、だ」
「ワシントン政界筋には今、トランプ氏の頭の中には2020年大統領選での再選しかないのではないのか、といった見方が広がっている。「ロシアゲート疑惑」の暗雲がひとまず去ったからだ」
「決裂した米朝首脳会談の後、トランプ大統領には焦りのようなものは感じられない。トランプ氏の動物的勘のなさせる業なのか」
「大統領選の結果が出るまで北朝鮮の非核化交渉は動かない、日韓関係もどちらかの国で政権交代があり、トップが変わらない限り好転はしない」
トランプ流の根拠のない、あくまで動物的勘なのだろうが・・・。