(ブルームバーグ): 世界の海で「砂漠化」が進行している。温暖化による海水温の上昇や水質悪化などにより海藻や海草が枯れて消失する現象が広がり、水産資源が豊富な日本各地の沿岸海域でも深刻な環境問題となっている。この問題に取り組んでいるのが大手鉄鋼メーカーだ。
新日鉄住金は、対策として「海の森づくり」を提唱。鉄鋼の製造工程で大量に発生する副産物のスラグから海藻を付着させる人工石や栄養補給剤を作る技術を開発し商業化を進めている。同社技術開発本部の加藤敏朗上席主幹研究員は「生態系が組める海の環境をつくるためには、人間が手を加えて沿岸開発を行うことが必要だ」と話す。
コンブなどが生い茂る「藻場」は、魚の餌や産卵場所として生態系の中心となり、温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)を吸収する役割も果たす。
北海道の西岸にある増毛町。約30年前から海藻の消失により漁獲量が減少し、漁業者は悩んでいた。そこで、2004年に同社が実証実験で鉄分を含んだスラグに腐植土を混ぜ合わせた栄養補給剤を海岸沿いに埋めたところ、数カ月後にはコンブ群落が再生された。1年後にはスラグを設置した実験区のコンブ生育量が108メートル離れた対象区と比較して1平方メートル当たり220倍に増えた。
「目に見える効果があり、実験区の海域はコンブでいっぱいになった」。増毛漁業協同組合の相内宏行専務理事は当時を振り返る。14年からは範囲を拡大し別の場所で実証実験を行っているが、「鉄鋼スラグを入れた場所では海藻の繁茂はいい。海藻を餌にしているウニやアワビが集まるので、捕れる魚介類も増えた」と話す。
海の砂漠化である「磯焼け」は、藻場が枯死し不毛な状態が続く現象だ。温暖化に加え、森林伐採やダム建設などにより森から海への栄養素の供給が途絶えることなどが原因とされる。自然界では落ち葉が土と混ざり腐植土となるが、その中の鉄分が森から川を通じて海に流れ込み、海藻に届く。新日鉄住金でスラグ市場開拓を担当する木曽英滋氏は、この仕組みを応用して製品が開発されたと説明する。
スラグはまた、浅場造成の材料や、海藻が付着して育つ天然石の代替となる人工石にも活用される。海藻を育てるには、太陽の光が届く水深まで海底を引き上げる必要があるが、港湾のしゅんせつ土砂は柔らかく固まりづらい。そこで土砂に混ぜると強度が増すスラグが開発された。
東京湾君津沖では、スラグを混ぜた改質土で浅場を造り、人工石にワカメなどの幼体を移植して海藻を育てている。木曽氏は「魚も集まり、今では東京から釣り船が来るようなスポットになっている」と語った。
新たなCO2吸収源
こうした事業の後押しになると期待されているのが、沿岸地域の保全活動による温暖化対策である「ブルーカーボン」の活用だ。ブルーカーボンは、09年に国連環境計画の報告書で海洋生態系に吸収・固定される炭素として命名され、新たなCO2吸収源として注目されている。
日本でも昨年、専門家などで構成するブルーカーボン研究会が設立され、今年3月には日本沿岸で吸収できるCO2の量が、藻場の拡大等により30年までに最大34%増えるとの予測を発表した。
現在、日本で年間約4000万トン発生するスラグの大半がセメントの原料や道路用の路盤材などに再利用され、海洋向けはごく一部だ。しかし、同研究会は藻場再生のために必要な海洋向けスラグの割合が30年までに全体の2割に拡大すると試算している。
同研究会は今後、政府にブルーカーボンをCO2の吸収源として認定するよう助言する方針で、20年までにパリ協定などの排出量削減目標に盛り込むことを目指している。東京大学大学院工学系研究科の佐藤慎司教授は「日本は島国で浅い場所も多く、沿岸域のブルーカーボンのポテンシャルは大きい」 と話す。
ただ、ブルーカーボンの研究は森林が吸収する「グリーンカーボン」に比べて遅れており、実際に沿岸で吸収できる量を把握するのが難しい。
同研究会の委員で港湾空港技術研究所の沿岸環境研究グループ長、桑江朝比呂氏は、沿岸開発を行うには漁業者の了承を得る必要があるが、「スラグに対する漁業者の印象はまだ良くない」と明かす。実証実験等を通じて、スラグは安全で効果があるということを漁業者に示して「理解を得ていくことが課題」と指摘した。
--取材協力:ジェイソン・クレンフィールド.
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