体操のトップ選手が協会幹部のパワハラを告発した。問題は深刻だが、昨今アスリートが声を上げられるようになったことには、背景がある。
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競技中とは違い、真っ黒のスーツに身を包み、決意を秘めた表情の体操女子リオデジャネイロ五輪代表、宮川紗江選手(18)。会見で、日本体操協会の塚原光男副会長(70)と塚原千恵子・女子強化本部長(71)からパワハラを受けたと告発した。
8月15日、協会は宮川選手への暴力行為を理由に、同選手の所属チームのコーチだった速見佑斗氏(34)を無期限登録抹消処分にした。宮川選手は暴力をかつて受けたことは認めたうえで、「速見コーチと一緒に東京五輪で金メダルを取るのが夢」と、処分軽減を求めた。パワハラがあったと訴えたのは、その速見氏への処分を巡ってだ。
宮川選手によると、「まるで誘導尋問」のように「あったんでしょ?」と暴力を認定するように塚原夫妻からうながされたという。さらに「あのコーチはダメ」「だからあなたは伸びない」と速見氏への非難が続いたうえ、宮川選手が家族とともに速見氏を信頼している旨を伝えると「家族もどうかしている。宗教みたい」と非難されたという。「五輪に出られなくなるわよ」と脅されたともいうのだ。
コーチから暴力を受けた被害選手が、自身を守る立場にある協会幹部のパワハラを訴えるという異常事態。スポーツ界では、レスリングやボクシングでも、競技団体幹部によるパワハラが最近発覚している。
どれも、長い間隠されていた問題が表出していると見られる。なぜ今なのか。スポーツ分野でのコンプライアンスの推進に取り組む弁護士、宗像雄さんは「レスリングの伊調馨さんの問題が流れをつくった」と見る。
今年2月、五輪4連覇を果たし、国民栄誉賞も受賞した伊調馨選手(34)の関係者が、日本レスリング協会の栄和人・選手強化本部長から伊調選手へのパワハラを訴えていたことが明らかに。後に栄氏は解任された。
「結果を出しながらも理不尽な扱いに苦しむ選手や指導者が、世間に訴えなければ協会は自律的には変われないと気づくきっかけになった。外圧がないと変わらないし、外圧があれば変えられるかもしれないことに気づいたのではないか」(宗像さん)
外に声を上げれば、彼らの痛みを社会も支持してくれた。「MeToo」運動や、セクハラ、パワハラへの意識の高まりも後押しした。宮川選手も会見で「協会に変わってほしい」と訴えた。
選手の行動を支えるのが宗像さんら弁護士の存在だ。今年あった日本大学アメリカンフットボール部の選手の会見、「日本ボクシングを再興する会」の会見、そして宮川選手の会見には、いずれも弁護士が同席している。
宗像さんによると、「選手が法律家の助力を得るのは、Jリーグ発足から流れができた」という。プロ選手は、ドーピングのトラブルや待遇面などを巡って、チームの利益と選手の利益が対立する局面で個人的に弁護士のサポートを受ける。
企業スポーツなどアマチュアが中心だった日本では、チームと選手が一体化し、チームがよければ個人もよしとされてきた。だが、プロ化によりチームと対等に選手個人の利益も守られるべきだという考えが浸透し、弁護士もチームだけでなく、個人の弁護をするようになった。
「芸能界でも能年玲奈(現・のん)さんの事務所問題など、個人が弁護士の助力を受けて権利を主張する場面が多くなった。スポーツ界も後追いしているようだ」(同)
アスリートが自分の利益を守るために弁護士の力を借りる時代になった。だが、攻防の果てに全員が傷つき朽ちてしまうことは避けなければいけない。競技団体の内部改造を進め、ガバナンスを監視する第三者組織の構築を進めるなど、対応が必要だ。18歳の勇気をつぶしてはいけない。(ライター・島沢優子)
※AERA 2018年9月10日号