「確かに、アルバイトの子が作った雑炊には問題がありました。ただ、それは主人が死ななければならなかったほどのことでしょうか」。5月29日の大津地裁。静まりかえった法廷で意見陳述に立った妻は、衝立越しに涙ながらに訴えた。
昨年末、滋賀県草津市のちゃんこ店経営、糸岡真二さん=当時(60)=が、「雑炊が気にくわない」として客の男2人から店内で暴行を受け死亡した事件。糸岡さんが正座し謝っているにもかかわらす、殴る蹴るの暴行は約1時間半続き、発見されたとき糸岡さんは血まみれであばらが十数カ所も折れた状態だった。なぜそこまで執拗(しつよう)な暴行を加えたのか。傷害致死罪で起訴された被告らから、核心が語られることはなかった。
きっかけは「締めの雑炊」
事件が起きたのは昨年12月21日。JR草津駅からほど近い商店街にあるちゃん店「隠れDining蔵間」草津店に午後7時ごろ、不動産仲介業、浜野慶治被告(46)=草津市=と土木作業員、関一也被告(46)=大津市=ら7人が訪れた。浜野被告らは同店を何度か利用。この日は奥の座敷で忘年会だった。
公判などによると、宴会も終わりに近づいた午後11時ごろ、被告らは締めの雑炊を注文。ご飯や生卵などを用意して部屋に入ったアルバイト店員に雑炊を作るよう要求した。
同店では普段、雑炊は客に調理してもらっており、雑炊を作った経験がない店員は火を落として冷え切っている鍋にそのままご飯を入れ、その上に溶かないままの生卵をかけたという。
それを見た一行は「それは違うやろ」などと激高し、「大将連れてこい」と怒鳴った。店長は雑炊の作り方に問題があったことを認め謝罪したが、浜野被告らは「糸岡とは知り合いなんや。連絡しろ」と、別の店舗にいた糸岡さんを呼ぶよう要求。連絡を受けた糸岡さんは午後11時半ごろ店にきて1人で座敷に入り、正座して謝罪した。だが、浜野被告らはおさまらなかった。
血まみれで正座
「座敷の中からは、浜野被告の怒鳴り声やガラスが割れるような音に混じり、糸岡さんのうめき声が聞こえてきた」。検察側は暴行時の様子をこう明らかにした。
浜野被告は、正座で謝罪する糸岡さんの頭や背中を殴ったり蹴ったりし、糸岡さんが次第にうずくまるようになると、背中にも暴行を加えた。
両被告の暴行は代わる代わる繰り返され、少なくとも計50~60回の暴行があったと検察は指摘。同席者は、糸岡さんが鍋の中身をぶちまけられたり、鍋で頭を殴られる様子も見たという。この間、糸岡さんは抵抗せず、殴られるがままだった。
暴行は制止しようとした同席者らにも加えられたという。「なんでワシが殴られるんや」。手に負えないと判断した同席者らは1人、また1人と店を出た。日付も変わった22日午前1時ごろ、同席者の1人が慌てて店を出た際、体をぶつけ入り口のドアガラスが割れた。その音で近隣店舗が騒ぎに気付き、草津署に通報。署員が駆けつけると、糸岡さんが血まみれで正座し、朦朧(もうろう)としていたという。
「手加減した」
「手加減して殴っており、小突いたという感じ。激高していたわけではない」。公判で浜野被告らは、激しい暴力は加えていないと主張した。
だが、糸岡さんのあばら骨の骨折は十数カ所に及び、肺に刺さった骨が致命傷になった。糸岡さんが搬送される様子を見ていた近くの飲食店の男性は「誰か分からないくらい、顔が腫れ上がっていた」という。
法廷で浜野被告は、かつて所属した暴力団で「絶縁処分」を受けたとされることを問われると、その口惜しさなどを熱心に語った。今回の犯行については、「尊い命を奪うことになり申し訳ない」と述べたものの、相手が謝罪しているのに暴行をエスカレートさせた詳しい理由などは語らなかった。
「キレたら止められない性格。やっているうちに収まりがつかなくなったのでは」。ある捜査関係者はそう話す。
「これは殺人、主人は殺された」
糸岡さんは地元、草津市で祭りやレンコン栽培を復活させるなど地域活性化のリーダー役としても活動し、知人からは親しみを込めて「シンベ」と呼ばれていた。中学、高校の元同級生の男性(60)は「親分肌のいい人だった。何の落ち度もないのに、悔しくて悲しい」と憤った。
「ごく平凡な暮らしが180度変わってしまった」「かばってあげられず胸が張り裂けそう」。公判で糸岡さんの妻は悔しさをにじませた。
事件当夜は連絡を受け店に駆けつけた。糸岡さんを乗せた担架が動いたとき、前で組んでいた両手がだらりと落ちたという。妻は慌てて組み直したが、再び落ちた。「腫れ上がった顔についていた血の滴が、無念さのあまり流した涙に見えた」といい、「110番したらどんな仕返しをされるか」と通報をためらったことを悔やんだ。
店は事件後、予約がほとんどキャンセルになり、閉店を余儀なくされた。「主人は殺された。これは殺人だと思っています。一生刑務所に入っていてほしい。傷害致死の中でも一番重い刑にしてほしい」。妻はそう訴えた。
求刑に「納得できない」
検察側は論告で「全く落ち度のない被害者に因縁をつけているに等しい」などと、浜野被告に傷害致死罪の量刑の上限にあたる懲役20年、関被告には懲役15年を求刑。弁護側は「犯行は、浜野被告の飲酒による自制心の低下も影響している」「周囲が早く110番するなどの措置をしたら、事態の拡大は防げた」などと情状酌量を求めた。
浜野被告は求刑後の最終意見陳述では「20年…。重すぎる。それにしても納得できない求刑だ」などと語った。
判決は、浜野被告が懲役15年、関被告が同10年。大津地裁は「雑炊の作り方という理由だけでは不釣り合いな暴行」と断じた。両被告は量刑を不服として控訴した。
「服役後は仏門に入る」。公判で弁護人から「これからどうしたいか」と問われ、こう答えた浜野被告だが、些細(ささい)な理由から人命を奪ったことへの真摯(しんし)な反省はなされるのだろうか。