東京都大田区の多摩川で入水自殺したとされる評論家の西部邁(すすむ)さん=当時(78)=の死をめぐり、さまざまな謎が渦巻いている。生前から自らの死について語り、現場には遺書も残されていたが、死因は不明のまま。第三者が自殺を手助けした可能性も浮上し、警視庁が自殺幇助(ほうじょ)などの容疑を視野に捜査していることも判明した。「自裁」の背景に何があったのか。
東急東横線田園調布駅から約1キロ、野球グラウンドやテニスコートなどが並ぶ河川敷。1月21日早朝、家族は変わり果てた西部さんの姿を見つけた。
捜査関係者によると、川の中で見つかった西部さんは工事現場用のハーネスを着用。そこから長さ20〜30メートルのナイロン製ロープが伸び、土手の樹木に巻かれていた。体が流されないよう固定したものとみられるが、手の不自由だった西部さんが1人で作業できたのか-との疑問が呈された。
当初は溺死とみられていたが、司法解剖の結果、大量の水を飲んだような形跡はなかった。口の中にはフィルムケース大の空の瓶が入っており、死亡との関係は不明だが「人為的に入れられた可能性が高い」(捜査関係者)という。警視庁は今後、詳細な鑑定で死因を究明する方針だ。
最後の足取りも分かっていない。同居する西部さんの長女(49)によると、事件前夜は親子で東京・新宿のバーを訪れていたが、21日午前0時ごろ、西部さんが「人と会う約束がある」と言って長女を先に帰宅させた。約1時間後、長女の携帯に西部さんから着信があり、留守番電話に「ザー、ザー」という音だけが残されていたという。
バーから河川敷までは、直線距離でも10キロ以上。タクシーで移動した様子はなく、何者かが車で迎えにきた可能性がある。また、現場から発見された5通の遺書はワープロソフトで書かれていたが、普段は長女が口述筆記しており、長女のパソコンを使用した形跡もなかった。
生前、自著などで「生の最期を他人に弄り回されたくない」とし、「自裁死」を選択する可能性を示唆していた西部さん。警視庁は関係者から事情を聴くなどして全容解明を急ぐ。