極秘シミュレーション】金正恩の核が東京を襲う日 #1
文春オンライン
麻生 幾
5 時間前
29.10.14.

2011年3月15日。福島第一原子力発電所で爆発が起こり、放射性物質の大気への拡散が本格的に始まっていた。当時の首相官邸は、その拡散状況を国民に知らせることができなかった。一方、米国のエネルギー省が独自調査の結果、〈高濃度放射性物質が北西へ重点的に飛散〉とする拡散予想モデルを日本の外務省ほか、各機関に伝達していた。
しかし、その裏で、米軍による別の極秘調査の結果が防衛省ほか、複数の機関に届けられたにもかかわらず、官邸に報告されていなかったことはまったく明らかにされていない。
その調査結果の発信元は、略称「DTRA」。日本語にすれば「米国防脅威削減局」。VXガスなどの化学兵器、天然痘ウイルスなどの生物兵器、そして核爆弾など大量破壊兵器による攻撃から、米国と同盟国を守るための作戦の立案と遂行に徹した部局である。
DTRAは国防総省の数ある部局の中でも、最も重要な存在とされている。なぜなら、任務の神髄は、大量破壊兵器による攻撃を受けた後も“国家を存続させる”ことだからだ。特に、外国やテロ集団からの「核攻撃」に対しては、いかに備え、対抗し、その脅威を破壊するかが任務の根幹である。「核攻撃」は、経済、政治、社会という、国家として成り立っている機能を崩壊させてしまうからだ。

アメリカ国防総省 ©iStock.com© 文春オンライン アメリカ国防総省 ©iStock.com
6年前、DTRAは、無人偵察機などを駆使して原発から放たれる核物質の情報を収集し分析。その結果、前述のエネルギー省のものよりさらに詳細なデータだけでなく、12時間ごとに、首都圏が「核物質の雲」に徐々に覆われていく予想モデルも防衛省など一部の政府機関に伝達していた。
北の“脅威の再評価”
本稿は、当時の官邸の判断や動きを検証することが主旨ではない。国家的緊急時であった東日本大震災のころ以上に、DTRAの存在が、ここ数カ月、日本という国家の存続に重要なものとして再び急浮上している、そのことに大きな関心を寄せたいからである。
米軍関係者によれば、DTRAの存在が、日本の安全保障の正面に、かつ密かに浮上したのは、昨年8月末のことだった。北朝鮮の軍事力が、これまで評価されてきたレベルを遥かに超えるものになったとDTRAが分析したからだ。
「明らかに、北朝鮮による『核攻撃』の脅威評価がDTRAの中で切り替わった。もちろん、脅威は現実的なものとして危機感が高まった」(米軍関係者)
そして、日本政府機関に、“脅威の再評価”が極秘に伝えられた。
いったい北朝鮮のなにがDTRAを“脅威の再評価”へと突き動かしたのか。その答えは後述するが、そもそも北朝鮮の核兵器の脅威が国際的に叫ばれて久しい。DTRAが、北朝鮮の弾道ミサイルを本格的に脅威と評価し始めたのは、同関係者によれば、2008年弾道ミサイル発射実験からであった。DTRAの脅威判断を受けた米国防総省は、京都府北部、日本海に面した経ヶ岬に、北朝鮮の弾道ミサイルに対応するレーダーを配備するように日本政府に強力に要請した。現在、北朝鮮が弾道ミサイルで米本土を攻撃するコースとなる真下で、レベルを高めたレーダーが稼働している。
2016年に入って北朝鮮が核爆弾とミサイルの開発に集中した軍事活動を活発化させたことから、DTRAは、国防総省統合情報本部やCIAなどからの情報も合わせて分析した。その結果が、対北朝鮮の作戦正面部隊である米太平洋軍にも伝達された。
その分析結果とは、米太平洋軍関係者の話によれば――。
〈統合情報本部は、2016年に入って北朝鮮は、ミサイルの弾頭部分に装填できるほどの核兵器の小型化に成功と判断。しかし、大気圏の再突入を伴う、数千キロ先のターゲットを狙う弾道ミサイルとしての技術レベルにはない。現在の技術で行えば、再突入時にミサイル本体は破壊されてしまう。しかし、統合情報本部が注目したのは、旧ソ連製の中距離ミサイルになら装填して利用できるまで核弾頭の小型化に成功したという点だった。つまり、500キロ程度の短い射程の「中距離核ミサイル」こそ、新たな脅威となる〉
短い射程の核ミサイルは、韓国の首都ソウルにとってこそ現実的な脅威となる。日本や米国には遠すぎて届かないからだ。にもかかわらず“脅威の再評価”が日本に極秘に伝えられた、とはどういう意味なのか。「中距離核ミサイル」が、なぜ日本の脅威となるのか――。
その理由は、昨年8月に北朝鮮が行った、潜水艦発射ミサイルの発射実験だった。それは明らかに、核を搭載した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発を目指すものだと、DTRAは判断した。海中の潜水艦から発射されたミサイルは、海上でメインエンジンを正確に点火し、勢いよく飛翔していった。DTRAや太平洋軍は強い衝撃を受けた。前出の米軍関係者によれば、悪夢が脳裏をよぎったという。その悪夢とは、日本や韓国へ数百キロの近海まで潜航してきた潜水艦から、東京やソウルをターゲットに核ミサイルを発射されることである。潜水艦で近海までくれば、大気圏外を飛ばす弾道ミサイルは必要ない。北朝鮮が、核兵器の小型化に成功したという情報は、DTRAをして“脅威の再評価”へと突き動かし、中距離核ミサイルが現実的な脅威として一気に浮上したのである。
北朝鮮によるSLBM発射 ©共同通信社© 文春オンライン 北朝鮮によるSLBM発射 ©共同通信社
米軍側がさらに注目したのは、北朝鮮が原子力潜水艦(原潜)の建造計画を推し進めているという情報だった。原潜ならば、長期間、潜没したまま、作戦行動が可能。ゆえに理論的には、北朝鮮の軍港を出航してから一度も露頂せず、日本に接近し、核ミサイルを発射できる。もちろん、米国側は、たとえ北朝鮮が原潜を保有しても、日米の潜水艦ハンターチームが捕捉する能力に確固たる自信を持っている。
このとき、発射したプラットホームが、旧ソ連製の潜水艦であったことから、日米の潜水艦ハンターチームにとっては、容易いターゲットという判断がなされた。旧ソ連製の潜水艦のスクリューが発するターンカウントは、鉄鍋を叩くがごときの大音量で、日米の潜水艦が保有するパッシブソナーで難なくその位置を局限できるとされたからだ。
また、米太平洋軍は、北朝鮮のすべての軍港を毎日、監視している。北朝鮮の潜水艦の一部は、洞穴の中に隠された基地から出港するという隠蔽工作を行っているが、それでも出港してから、海中にダイブ(全潜没)するまで、数百メートルは露頂航行によって水面に司令塔と上甲板を晒す。その時間も米側にモニターされている。しかも、動力はバッテリー型なので、エンジンを動かすためには定期的に、露頂して空気を取り入れなければならない。つまり、北朝鮮の潜水艦は容易に捕捉できるので脅威は低い、とされてきた。また、北朝鮮がたとえ原潜を開発したとしても、原子力の膨大なパワーを調整する減速ギアの音を抑える技術を得るまでにはさらに年数がかかるという分析もなされた。
しかし、米軍側は、やはりSLBMの発射実験に大きな危惧を抱いた。有事における混乱の中、潜航したままの北朝鮮の原潜を見失って(ロス)しまう危険性を完全には排除できない、と極めて深刻に捉えた。ひとつの潜水艦をロスしただけで、そこから発射される、たった一発の核ミサイルは、後述するように、数十万~数百万人という死傷者を生み出してしまうからだ。かつて米ソ冷戦の緊張下、ソ連の核弾頭搭載原潜が出航するや否や、米軍は、長距離探知ソナーだけでなく、潜水艦一隻ずつに張りついて追尾作戦を行っていたことからも、ロスしてしまうことへの恐怖感を覚えていることがわかる。
統合情報本部やDTRAが危惧している事態は、今日明日にも現実になるという話ではない。しかし数年先には十分想定される脅威という判断をしている。ゆえに、DTRAは、“脅威の再評価”を日本側に伝達してきたのだ。
核ミサイル被害の見積もり
実は、DTRAからもたらされたのは、これだけではなかった。“脅威の再評価”と同時に、北朝鮮の核攻撃による「被害見積もり」も含まれていた。
前出の米軍関係者によれば、北朝鮮が昨年1月に行った地下核実験で使われた核兵器の威力は、TNTという軍事用の火薬にして約十数キロトン相当と、米統合情報本部は推定しているという。広島や長崎に落とされた原子爆弾と同等レベルだ。だが、DTRAは、その規模の核兵器であったとしても、都市中心部で炸裂すれば、数十万~数百万人規模の死傷者が発生する、としている。
DTRAの脅威評価を参考にして日本政府機関は、さらに独自のシミュレーションを行った。その結果、もし10キロトンクラスの核兵器が、東京都千代田区の首相官邸エリアで炸裂すれば、直径約200メートルの火球がその中にある官邸と、内閣総理大臣や官房長官を含む政治スタッフをすべて一瞬にして焼き尽くす。500メートル圏内の国会議事堂や議員会館はもちろん、1キロ範囲の霞ヶ関の警視庁、外務省、財務省など中央官庁ビル群はすべて壊滅し、そこにいる70%の人々が核爆発の熱線により即死もしくは即日死。さらに残り、全体の20%の人たちも2カ月以内に死亡する。この国会・官庁エリアの“昼間人口”は約14万人と推計され、ほぼすべての人間の生命が数カ月後には絶たれると推定される。

国会・霞が関のビル群 ©iStock.com© 文春オンライン 国会・霞が関のビル群 ©iStock.com
1945年の暑い夏、広島と長崎へ投下された人類最初の原子爆弾がもたらした被害状況の知見は、膨大かつ貴重であり、DTRAや日本政府の被害推定が、それを参考にしていることは言う迄もない。その被害状況をみればわかるように、多くの人間は、路面電車のつり革を握ったままなど、そのままの状態で死亡する。
ゆえに、映画「シン・ゴジラ」で有名となった立川市にある政府のバックアップ施設へ向かう時間などまったくなく、政府機能の完全停止を意味するのだ。
また、23区全体では、2カ月以内に、急性放射線障害での死者数は5万人以上にものぼる。首都圏は関東平野ゆえ遮るものがほとんどない。そのため被害エリアは広大で、入院が必要な負傷者は、10万人を超えると見積もっている。
さらに、霞ヶ関エリアに近い丸の内や大手町など、日本経済の中枢での被害者も相当数にのぼるとみられることから、GDP(国内総生産)を大きく引き下げ、国家経済に重大なダメージを及ぼすことが想定されている。
さらに、DTRAはこれら「被害見積もり」と共に、ある重要な提言も日本に送ってきた。「CBRNE(シーバーン)」(化学、生物、放射性物質、核攻撃と、大規模な爆発力を持つ爆弾によるテロ)に対する事態対処医療(タクティカル・メディスン)を急いで確立すべき、という緊急提言だった。近く日本が、東京オリンピック・パラリンピックを控えているからこそ、その提言が含まれていた、と政府関係者は理解したという。
現在、欧米の情報機関、治安機関、そして軍では、前述の「事態対処医療」という、これまでは聞き慣れないフレーズが頻繁に飛び交っている(事態対処医療=クライム・メディスンと表記される場合もある)。
事態対処医療とは、核攻撃を含むCBRNEや、大規模災害が発生した場合、医療スタッフや救助部隊(消防、警察)がどう対処すればいいか、その実践的な医療オペレーションを指す。言い換えれば「被害管理(コンシクエンス・マネジメント)」の究極の世界でもある。強力な放射線や化学剤、ウイルスなどで高度に汚染された過酷な現場で負傷者を救出し、さらに治療を行う壮絶なオペレーションだ。
(#2に続く)
出典:文藝春秋2017年2月号