NMB須藤凜々花的な"優秀な若手"の対処法
プレジデントオンライン
サカタカツミ
2 時間前
29.07.05.
今年で9回目となったAKB48グループの選抜総選挙で、NMB48の須藤凜々花さん(20)が「結婚します」と宣言した。「恋愛禁止」というルールを破る行為として、戸惑いや批判の声もあがったが、そこには最近の「優秀な若手社員」によくみられる「ある傾向」が読み取れるという。人事採用に詳しいサカタカツミ氏が分析する――。
NMB須藤凜々花的な"優秀な若手"の対処法: NMB48 須藤凜々花さんの総選挙用ポスター(AKB48公式サイトより)© PRESIDENT Online NMB48 須藤凜々花さんの総選挙用ポスター(AKB48公式サイトより)
アイドルといえば松田聖子か中森明菜かという世代なので、いくら世間が盛り上がろうとも、これまでまったく興味がわかなかったAKB総選挙。しかし、ふと目にした須藤凜々花さんの結婚宣言に関するニュースを見て、私はびっくりしてしまった。最近の採用や社員育成の現場で起きている、上司たちの戸惑いと悩みの原因が凝縮されていたからである。
優秀で素直だが「違和感のある若手」
最初にお断りしておくが、須藤凜々花さんとは当然面識はないし、今回の騒動(?)で、初めて名前を知ることになった。なので、このコラムも、あくまでマスメディアで報道されている彼女の発言をベースに、人事的視点で考察をしたにすぎない。
実際の彼女はまるで違う人なのかもしれないし、すべての事情が公になっていないだろうということも理解し、さらにいうとエンターテインメントの世界の話であるという前提にも立って、このコラムを書いている。それでもなお、一連の話はとても興味深いのだ。
発言や振る舞いを見る限り、彼女はここ最近、採用や育成の現場で見かける、“優秀で素直だが違和感のある若手”の典型例に見える。頭がよくて一見優秀だし、性格もいいけれど、どうもつかみどころがない。指導をすると返事はいいが、のれんに腕押しというか、言うことを聞いているようでいて、実際は聞く耳を持っていない人材……。こう書くと「あ、そういう若手、確かにいる!」と、膝を打つ人は少なくないだろう。
われわれ旧世代から見て、こうした違和感のある若手をひもとく最大のキーワードは「天動説」である。そう、宇宙の中心に地球が静止、その周りを他の天体が回転しているとする説、あれだ。
須藤凜々花さんの言動を見ていくと、(1)「自ら考えて行動する」(2)「思いがすべて(天動説)」(3)「聞き分けがよく、意志が強い」人物であることが分かる。こう書くと、「それってとても優秀な人材なのでは」と思わないだろうか? 現場の上司たちは、「一見優秀な若手」のどんなところに困っているのか。上記の3つの特徴から、彼女の言動をひもといてみよう。
特徴1:自ら考えて行動する~恋愛禁止は、自分の判断に任せると“認識”する
彼女は総選挙後に、今回の件に関して記者会見を開いている。その発言はネットでも読むことができる。興味深い発言をいくつか拾ってみたい。
まずはAKBグループの「恋愛禁止」というオキテについて。エンターテインメント的な要素として、このグループにとって恋愛禁止という約束事は重要である。それを破ることによってペナルティーを課されるメンバーもいる、とされている。これを読んでいる皆さんの会社でも、明文化されていないけれども、厳然と存在するルール、いわゆる暗黙の了解がある、というところは少なくないだろう。彼女は、会見で「恋愛禁止は頭にありましたか?」と問われて、次のように答えている。
「私の個人的な意見は(AKBの)恋愛は自分の判断に任せるものと認識していました」(日刊スポーツ、6月22日 https://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/1843946.html)
「恋愛禁止」という言葉には、当然、「自分の判断に任せる」という意味は含まれていない。「明文化されていないことは、自分の判断に任せるということだ」と、勝手に“認識”することにより、判断は自分でしていい、と行動に移したのかもしれない。
会社での出来事に例えれば、上司や先輩に指導されたが、その指導に疑問を持ち、指導自体が明文化されていないから、自らで判断すると“認識”し、別の行動をとってしまった、という感じだろうか。もちろん、上司や先輩の指導が絶対的に正しいとは限らない。なので、疑問を持つこと自体は別に悪いことではない。自分の判断に任せると勝手に“認識してしまっている”ところに、この話の難しさがある。
今の若者、特に優秀な人材の多くは「自ら考えて行動することが大事である」と、ずっと教え込まれて育っている。「他人に言われてから行動するようではダメだ、もっと自分の意志を持て」と。ということは、彼女のような行動をするタイプが採用面接にやってきたとしたら、かなり魅力的に見えるはずだ。「扱いづらい」と判断する採用担当者もいるかもしれないが、「個性がある」、さらにいうと「意志が強いタイプ」と評価される場合もあるのだ。
けれども、仕事での指示を「私の個人的な意見ですが、自分の判断に任せるものと認識」され、自らの意思だけで判断されると、組織としては困ってしまうのは、当然だろう。さらに興味深いのは、この短いセリフの中に「私」「個人的な」「自分の」と、3度も自分について触れている点である。まさに、この騒動における中心は「私」であり「個人」であり「自分」なのだ。
特徴2:天動説~すべては自らの思いが優先される
「アイドルの恋愛論について世間の賛否両論は知っていますか」という質問に対し、彼女は以下のように答えている。
「私の意見ですか?(略)好きになる気持ちが分からなかった時は、ものすごくグループのことに一生懸命になってたら、恋愛する暇はないと思ってた。でも人を好きになって思ったのは、恋愛禁止ってルールで我慢できる恋愛は、恋愛じゃないんじゃないかなって思ってしまいました」(日刊スポーツ、6月22日)
この発言はまさに、若手社員によくある天動説的世界観、「思いがすべて症候群」だ(勝手に名付けました)。ルールがあっても、自らの思いがそれを上回れば、逸脱してもいい。世界は自分を中心に回っているので、誰かが作ったルール(ここでは「恋愛禁止」)を、自分で書き換えて(=我慢できない恋愛は本当の恋愛なのだからしてもいい)、運用して正当化する、という思考である。
会社に置き換えてみよう。自分の思いがすべてにおいて優先されるために、その思いにふさわしくない仕組みやルール、組織における暗黙の了解などは、思いとの整合性を取るために書き換えられたり、認識が改められたり、場合によっては「なかったこと」になる。上司や先輩がいくら指導をしても、世界の中心である若手によって解釈が改められてしまう。そのため、のれんに腕押し状態になってしまうのだ。
「あー、こういう若手いる!」と、思い当たる人事担当者は多いと思う。しかしこれにしても、「自分で考えられる若手であり、多少組織をはみ出してはいるが、切り開く力がある」と見られるケースもある。事実、そういう若手が活躍し、世間の注目を集める場面も多い。
特徴3:聞き分けがよく、意志が強い~そこから生まれる困った事態
彼女は、結婚宣言を総選挙という注目度の高いステージで行ったことに対して「選択肢としてはNMB劇場もあったと思いますが」と質問され、それに対して、以下のように回答している。
「すごく総選挙は、特別なイベントで、ファンの方と一緒に作り上げるイベント。なので私の個人のことですごく水を差してしまうって思ったのですが、どうしても言いたいと思って決めました」(日刊スポーツ、6月22日)
この類いの質問は何度も繰り返されているが、その度に彼女は、とても上手な論理構成で「悪いとは思った」、そして「批判は甘んじて受ける」、それでも「自分はそうしたい」、と畳み掛けて返答している。それはもう見事なものだ。
繰り返し「申し訳ないことをした」と詫びてはいる。しかし彼女のセリフを借りると「ずっと、傷つけて、すごく傷つけて、批判されても、嫌われても当然のことをしてしまったんですけど、私としては絶対、ここまで応援してくださったことを絶対に忘れずに夢を実現させたい」と、自分の意志を貫き通すために、絶対的な私に戻ってしまう。
これがビジネスの現場だと、期せずして「強い意志がある」「若いのによく頑張っている」と評価されることがある。しかも、最初に反省するという姿勢を見せることによって、ある種の聞き分けのよさまで(結果的に)演出されている。自分で考える力がある、行動力もある、思考力もある、そして、聞き分けられる素直さもある。ここまでそろえば、印象のよさは完璧だろう。しかし実際に行動した結果は「自分のことしか考えていません」という、身もふたもないことになってしまっている。
このあたりを選考時に見抜けなかった、と悔やんでいる採用担当者は多い。そして、現場で若手の育成を担当する人たちは、頭がよく、自分で考える力があり、行動力もあって素直という、一見ものすごく優秀な人材(に見える)彼らの能力を引き出せないこと、指導がうまくいかないことに、「自分が悪いのだろうか」と戸惑ってしまう。
彼女は会見の中で「大人に相談した」と繰り返し発言している。相談された大人はおそらく、さまざまなアドバイスをし、彼女を止めたことだろう。しかし周りの大人たちがいくら説得しても、結局最終的には「自分のやりたいようにしたい」と彼女は自説を曲げなかった。そんな彼女に困惑し「それは相談じゃないよ」と言いたくなったであろう周りの大人たちを想像すると、ちょっとつらくなってしまう。
天動説な若手を採用しないコツはあるのか
ここまで、「天動説」をキーワードに、最近の優秀な若手の特徴について説明してきた。断っておきたいのは「世界は自分を中心に回っている」と思っている若手が悪いわけではない、ということだ。
こうした人材は、うまくハマるととてつもない力を発揮するケースがある。ただ、そうならないリスクもある。リスクをとる余裕はない、という企業もあるだろう。しかし、彼らの多くは、一見とても優秀に見える。うっかり採用してしまう可能性は高い。彼らを見分けることはとても難しいのだ。
こうした若手が配属されたとしたら、上司や先輩と呼ばれる立場にある人たちはどうしたらいいのだろうか? まずはいったん、「彼らを自らの考えている枠の中に収めるのは無理がある」と考えるのが、現状の対処法としてはベターだろう。彼らを無理やり変えたり、枠に当てはめたりするのではなく、その意志の強さや賢さ、そしてやると決めたら自らをだましてでもやってしまう力を、うまく利用する方法を考えたほうがいい。
彼らにどんな役割を持たせ、組織の中でどう機能させるか。こうした人材が配属された上司たちは、そういう視点を持たなくてはならないのだろう。世の中にはいろいろな考えの人間がいるという前提に立って、組織のパフォーマンスを上げる方法を考える……。それは実際にはとても難しいことなのだけれど、現場としてはやるしかないだろう。