戦後最大の危機!
北朝鮮の核攻撃は避けられるか
――軍事ジャーナリスト 田岡俊次
123456北朝鮮の異様な強硬策が止まらない。背景には権力闘争の結果、軍の強硬派が金正恩氏を抱え込んで好き勝手しているとの見方もある。理性を失った相手には、核抑止力も効かない。戦後の日本が直面した最大の危機と言える状況だ。
北朝鮮で起きた権力闘争
北朝鮮が朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日)の休戦協定の「白紙化」を3月11日に宣言してから1ヵ月が経過した。休戦協定の破棄は「戦争再開」の宣言に等しいが、まだ戦闘は発生していない。
これと似た状況は第2次世界大戦の初期にも起きた。1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻したため、後者と同盟関係にあった英、仏両国は3日に宣戦布告を行った。
ドイツ軍は東方に戦力の大半を向けていたから、その背後を突けばよかったろうが、英、仏陸軍は準備不足でドイツに攻め込めない。海上の戦闘や独仏国境での小競り合いはあったものの、翌年に5月10日に、ドイツ軍が西に向かって大攻勢に出るまで8ヵ月間本格的戦闘は起きず、英国で「フォニー・ウォー」(まやかし戦争)、ドイツで「ジッツクリーグ」(座り込み戦争)と言われた珍現象が続いた。
その時に比べれば、今回朝鮮半島で本物の戦争が始まる公算は高くはないとはいえ、北朝鮮の異様な強硬策、挑戦的姿勢の背景には、軍と政府の対立や軍内部での権力闘争がある模様だ。そうであるならば、従来のように北朝鮮が悶着を起こしては、米国、韓国などから譲歩や経済援助をせしめる「ゴネ得」戦術や、米国との直接交渉を求める、といった外交上の駆け引きではおさまらず、ブレーキが故障した車でチキンゲームを始めたように衝突にいたる可能性はかなりある、と見ておくべきだろう。
金正恩(キム・ジョンウン)氏(30)は2011年12月17日の父の死去後、同月30日に朝鮮人民軍最高司令官となり、12年4月11日に労働党第1書記に就任、新政権を発足させた。同氏の叔母の夫、張成沢(チャン・ソンテク)国防委副委員長(67)が後見人的な役割を担うとみられた。張氏は中国との関係が深く、中国が勧めた市場経済の一部導入や対外関係の改善で経済再建をはかろうとし、軍が握る貿易の利権を政府に移そうとしたが「先軍政治」の特権を守ろうとする軍の一部と対立した、と伝えられる。
次のページ>> 軍の強硬派が実権を握る
戦後最大の危機!
北朝鮮の核攻撃は避けられるか
――軍事ジャーナリスト 田岡俊次
123456 新政権が人民武力部長(国防相)に任命した金正覚(キム・ジョンガク)次帥は反対派の軍人を粛清(処刑)したとも言われる。さらに7月には事実上の軍のトップで、金正日(キム・ジョンイル)氏の葬儀の際、金正恩氏と並んで霊柩車に付き添った総参謀長・李英鍋(リ・ヨンホ)次帥が解任、拘束された。その際李氏の護衛兵が抵抗して銃撃戦も起きた、との報道も韓国であった。
形勢逆転
ところが、11月になると形勢は逆転し、粛清を進めた金正覚・国防相が解任され、軍の最強硬派とされる金格植(キム・ギョクシク)大将が後任となり、以後、北朝鮮は12月12日の人工衛星打ち上げ、今年2月12日の核実験、3月11日の休戦協定破棄へと突き進んだ。それらの発表も軍人が前面に出て「金正恩第1書記の御命令」を強調するが、軍の強硬派が巻き返しに成功し、金正恩氏を抱え込んで好き勝手している、とも考えられる。軍は武力も全国的組織を持つから、経験も政治力も乏しい君主は、その神輿に乗るしかないのかもしれない。
昭和天皇が逝去された際に、米国の雑誌に「真珠湾攻撃をしたヒロヒト」との記事が出たことがある。外から見ると主権者がすべて自分の意志で決めているように思えるが、内情はそうでないことも往々にしてあるのだ。昨年12月の人工衛星打ち上げも、一度は延期を発表しながら、結局当初の予定通りに実施したのは、中国の意向を汲んで様子を見ようとする派と、強硬派の意見対立があり、強硬派が我意を通したことを示すものかもしれない。
今回、北朝鮮は平壌駐在の各国外交団に安全のために退避の検討を求める一方、14日に平壌で16ヵ国から数十人の外国人が参加するマラソン大会を開くと通知する支離滅裂な行動を取っている。これが1人の頭から出たとは考えにくく、軍と政府の対立や、さらに複雑な派閥抗争で「統合失調」が起きたのでは、と思える。似た症状は満州事変から日中戦争当時の日本でも起き、政府が「不拡大方針」を表明する一方、軍は勝手に作戦を進め、国の信用を傷つけた。もしそんな状況なら、ニューヨークの国連本部などで米朝代表が会談して、休戦協定の有効性を確認しても、事態の悪化を停められるかは疑わしい。
次のページ>> 中国は怒って石油を禁輸
戦後最大の危機!
北朝鮮の核攻撃は避けられるか
――軍事ジャーナリスト 田岡俊次
123456中国は怒って石油禁輸
1953年7月の朝鮮戦争の休戦協定は韓国が反対して参加せず、米軍主体の国連軍と中国、北朝鮮軍の3者が調印した。朝鮮戦争では開戦後3ヵ月の1950年9月、米軍が仁川上陸作戦を行いソウルを奪回したため、北朝鮮軍は壊滅状態となり、米・韓軍が中朝国境の鴨緑江に迫ったため中国が出兵、その後はもっぱら米軍と中国軍の戦いとなった。
その中国に無断で北朝鮮が休戦協定を破棄すれば中国が怒ることは自明で、中国に対する絶縁宣言でもある。6者協議の議長国として北朝鮮に対し核放棄を求め、経済再建を進めてきた中国は3度目の核実験に対する最も厳しい経済制裁で米国と同調しただけでなく、安保理決議が3月7日に出る以前、2月から原油輸出を停止した模様で、中国の貿易統計で2月の北朝鮮への原油輸出はゼロとなっている。
北朝鮮の石油備蓄量は不明だが、一説には「3ヵ月」と言われる。それが正しければ4月中には石油は底をつき、戦闘能力を失う。備蓄がもっと多くてもいずれは同じ結果だ。そうなってから中国に謝り、その間接的統制に服するとなれば、親中派が権力を回復し、強硬派はまた粛清されかねない。それよりは石油がある間に打って出て「死中に活」を求めるかどうか。真珠湾攻撃の4ヵ月前、フランスのヴィシー政権の承認を得て、南部仏印(南ベトナム)に進駐したため、米国の石油禁輸を受けた日本と似た状況だ。北朝鮮ではここ数ヵ月、脱走兵が例年の7、8倍も出ており、軍が独自の食料調達をできなくなったため、と見られる。切羽詰まった状態にあるようだ。
北朝鮮の威嚇は以前の「ソウルは火の海になる」との発言から数段飛躍して、労働新聞が「横須賀、三沢、沖縄、グアムはもちろん米本土も我々の射撃圏内にある」とか「東京、大阪、横浜、名古屋、京都には全人口の3分の1が住む」などと地名をあげて威嚇報道をし、ときにはそれまで目標として名指しした米国、韓国、日本のほかに「アメリカに追随する勢力」と、中国も攻撃目標であることを示唆する言辞も出ている。
だが、米本土に届くICBMはまだできていない。12月に人工衛星を打ち上げた「銀河3号」ロケットは、弾頭を100キログラム程度に軽量化すれば射程1万キロメートルとも言われる。しかし固定式の大型発射台で組み立て、燃料を注入するなど、発射準備に2、3週間も掛かる液体燃料のロケットは、戦時や緊張時には航空攻撃や巡航ミサイルで簡単に破壊されるため、弾道ミサイルとしては使い勝手が悪すぎる。
次のページ>> 人工衛星とミサイルは別物
戦後最大の危機!
北朝鮮の核攻撃は避けられるか
――軍事ジャーナリスト 田岡俊次
123456人工衛星とミサイルは別物
宇宙開発の初期には大型の液体燃料ICBMが人工衛星打ち上げに転用されたが、そののち半世紀の技術進歩で分化が進み、軍用の弾道ミサイルは先制攻撃を避けるため、潜水艦や自走発射機、列車に乗せて移動したり、サイロに入れるため小型化を目指した。また即時発射が可能なよう西側では固体燃料を使うようになった。旧ソ連では固体燃料の開発が難航したため、硝酸系の液体酸化剤でタンクが腐食しないような手立てを講じ、液体燃料を入れたまま待機できる「貯蔵可能液体燃料ロケット」を使った。
一方、人工衛星は高機能、長寿命(姿勢制御ロケット燃料の容量で寿命が決まる)を求めて大型化し、それを打ち上げるロケットも大型になった。人工衛星の打ち上げは隠す必要がなく、急いで発射することもまずないから、大推力を得やすい液体燃料を長時間かけて注入するものが一般的だ。
「銀河3号」等は日本のH2Aと同様の人工衛星用ロケットの性格が濃いが、防衛相はミサイル防衛予算を正当化するためか、人工衛星打ち上げを「ミサイル発射」と呼び、メディアも追随してきた。そのため今回のように本物の弾道ミサイル発射の準備が進んでも、昨年4月13日や12月12日の人工衛星打ち上げと混同し、事態の重大性に気付かずに対策を論じる人も現れる。犬を見て「狼が来た」と騒ぐうち、狼に対する警戒心が薄れるような形だ。
「弾道ミサイルも人工衛星ロケットも基本的技術は共通」と言う人は多いが、それは昔の話だ。それを言うなら爆撃機と旅客機はもっと共通点が多く、基本的には機体強度に差があるだけだ。現に第2次世界大戦後にはB29を元にした旅客機ボーイング「ストラト・クルーザー」旅客機が現れ、ソ連の双発ジェット爆撃機ツポレフ16の派生型ツポレフ104旅客機も作られた。人工衛星打ち上げを「ミサイル発射」と言うのは、旅客機が飛来するのを「爆撃機接近中」と騒ぐようなものだ。
「ムスダン」は本物の脅威
今回、北朝鮮が日本海岸、元山の南約30キロメートルの旗対嶺(キテリョン)に配置した「ムスダン」はこれぞ本物のミサイル、深刻な脅威だ。旧ソ連のY型弾道ミサイル原潜が搭載した「SSN6」を北朝鮮がスクラップ状態で入手、元は潜水艦の船体内に立てて16基入れるため、無理な設計で短くしていたのを少し長い素直な設計にしたものだ。
次のページ>> 実戦でのミサイル防衛は有効か
戦後最大の危機!
北朝鮮の核攻撃は避けられるか
――軍事ジャーナリスト 田岡俊次
123456 SSN6の射程は3000キロメートルだったから、それと同等以上の射程と推定され、グアムまで射程内に入りそうだ。貯蔵可能液体燃料を使うから、命令から約10分で発射できる。全長12メートル、重量19トン程度なので12輪の自走式発射機に乗せて山岳地帯のトンネルに隠し、命令があると出てきてミサイルを立て、すぐに発射する。2010年10月10日のパレードでは8基が公開され、「約50基が配備された」との情報もあるが、北朝鮮での発射実験はまだないから、量産、配備を疑問視する見方もある一方、06年にイランで実験した、との情報もある。
弾頭重量は約1トン、核爆弾をこの程度に小型化するのは比較的容易だ。長崎に落とされたプルトニウム原爆は重さ4.9トン、直径152センチメートルもあったが、1952年に米空軍が戦闘爆撃機用に配備したMK7型原爆は重量740キログラム、直径77センチに収まった。起爆用の爆薬を通常のTNT約2トンからもっと高性能の爆薬に変えて数十キログラムに削減、弾殻(外皮)も厚い鋼鉄から薄いアルミにするなどで軽量化できた。こうした経過は米国で公刊の書物にも出ているから、北朝鮮にも分かっているだろう。
北朝鮮のプルトニウム原爆の威力は多分長崎型の爆薬2万3000トン相当と同様のはずで、熱効果は爆心地から半径3キロメートル以内で火災が起き、爆風により2キロメートル以内で大部分の家屋が倒壊、放射能は約1.5キロメートル以内で受けた人が1ヵ月以内に死亡する、と考えられる。国会議事堂上空で爆発すれば、勤務時間中なら3キロメートル圏内の人口は約159万人と推定され、100万人以上の死傷者が出そうだ。北朝鮮が保有する核爆弾の数は10発以内と推定される。ムスダンの平均的誤差は1.6キロメートルとされるが、前後方向のズレはもっと大きそうだ。
ミサイル防衛は有効か
日本は2003年からミサイル防衛の導入に進み、約1兆円の経費を投じた。実験では大体迎撃に成功しているが、これは標的となる弾道ミサイルの発射の時間、場所、落下地点が分かっていて、野球の「シートノック」で「センター、フライが行くぞ」と言って受けさせるような形だから成功するので、実戦ではいつ、どこからどこへミサイルが飛ぶか分からない。相手のミサイル加速などのデータも推定値だから、命中の公算は低くなる。
また、同時に通常弾頭のミサイルを含め十数発を発射されると、どれが核付きか分からない。イージス艦用迎撃ミサイルSM3が1発16億円、地上配備で射程20キロメートル以下の「パトリオットPAC3」でも8億円もするうえ、さらに新型の開発が進行中で「現在のものは性能が不十分だから、多く買っても無駄」とイージス艦はSM3を8発、PAC3は発射機1輌に4発しか積んでいない。1目標に対し、不発もあるので、2発ずつ発射するから4目標に向け発射すれば「任務完了」となる。
次のページ>> 核抑止は自暴自棄の相手に通用しない
戦後最大の危機!
北朝鮮の核攻撃は避けられるか
――軍事ジャーナリスト 田岡俊次
123456 ミサイル防衛は「何も対抗手段がないよりまし」で「気休め」程度だから、「相手が発射しそうなら先制攻撃で破壊すべきだ」と言う人も自衛隊幹部に少なくない。だがムスダンのようにどこにあるか詳しい位置が分からず、地表に出てから10分程度で発射するものに対しては先制攻撃は不可能だ。「核に対抗するには核武装して抑止をはかるしかない」との説も出るが、北朝鮮が核ミサイルを発射すれば、米、韓軍の攻撃で滅亡するのは確実で、発射するのは「死なばもろとも」「死中に活を求める」といった絶望的状況の場合だろう。
そう考えれば、核による抑止も効かない。抑止は相手の理性的判断を前提とし、自暴自棄の相手に通用しない。自爆テロに対し「死刑に処す」と言っても抑止効果がないのと同様だ。米国がもし北朝鮮の要求を呑んで、北朝鮮に核保有国の地位を認め、休戦協定に代えて正式の平和条約を結び、国交も経済関係も開けば、当面事態は収まるとしても、米国がそれを呑むことはまず考えられないし、北朝鮮はそれに味をしめ、米、日、韓などにさらなる要求をする可能性もある。解決の道が全く見えないだけに、日本に戦後これほどの危機があったか、と思えるほど憂慮すべき状況だ。
たおか・しゅんじ
軍事ジャーナリスト。1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、編集委員、筑波大学客員教授などを歴任。動画サイト「デモクラTV」レギュラーコメンテーター。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』など著書多数。