【Theリーダー】
第6部 失敗に学ぶ(1)シャープ、ソニー、パナソニック カリスマ経営者、確信が過信に
2012.10.3 11:29 (1/7ページ)[Theリーダー]
4月1日。創業100年に及ぶ歴史の中で、「液晶のシャープ」という一時代を築き上げたシャープ会長の町田勝彦(69)が相談役に退いた。
隆盛を誇った老舗企業もリーダーが道を誤れば、経営は一気に傾く。町田も第一線を退くのが数年早ければ、名経営者と呼ばれただろう。だが、今や会社を経営危機に追い込んだ一人という刻印を押されている。
大柄で温厚、快活-。京大時代はスキー部主将をつとめるなど、町田は若いころからリーダーの資質を持ち合わせていた。
「ほら、ムラなく蒸せますよ」。入社当時はまだ珍しかった電子レンジなどの実演販売。大卒社員は避けたがる仕事だったが、町田はいとわず、この新しい販売手法に取り組み、トップクラスの営業成績を挙げた。
そんな町田の企業人としての行動哲学に「最も影響を与えた」のは、有名経営者でも上司でもない。司馬遼太郎の代表作「坂の上の雲」という。近代国家勃興期を、前向きに生きる正岡子規や秋山好古・真之兄弟ら。『先人のやらぬ分野がまだあるはずだ』(正岡子規)といった強い志を、町田はオンリーワン経営という形で実践していく。
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液晶路線の挫折
社長就任間もない平成10年7月、大阪市内で開かれた記者懇談会で、町田はこう宣言した。
「国内のテレビをすべて液晶に置き換える」
サービス精神が旺盛な町田らしい言葉だが、実は韓国、台湾勢などが激しく追い上げる中、「半導体を取るか、液晶を取るか」という選択を迫られた上での決断でもあった。
当時、半導体は、「産業のコメ」と呼ばれるほどの基幹部品だけに社内外の批判を浴び、町田自身も「本当に正しいのか」と心が揺れた。このときも信念の下に行動する「坂の上の雲」の登場人物らの姿を読み返し、「リスクを取らないと勝てない」と前例のない液晶テレビの一貫生産に突き進んでいった。
液晶事業の成功で、18年度には連結売上高3兆円を達成。このとき「液晶の次は液晶」と言い放った町田だが、その確信は結果的に経営の屋台骨を揺るがす過信となった。「液晶で成功した町田さんがワンマンとなっていくのは必然の流れだったのかも」とある関係者はいう。
経済ジャーナリストの財部(たからべ)誠一(56)は「町田さんはスピード感をもって液晶にシフトし、絶対的なブランドを確立した。ただ、過剰な成功体験のまま突き進んだことが失敗だった」と指摘する。
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実際、町田の後を継いだ現会長の片山幹雄(54)は堺市に4千億円超を投じて液晶の新工場を建設。事業構造を液晶に集中しすぎた結果、世界的な需要減と過剰な設備投資が収益を圧迫し、経営危機と騒がれるまでに追い込まれていく。
経営は結果責任
企業経営論に詳しい甲南大学特別客員教授の加護野忠男(64)は「選択と集中には功罪両面ある」と町田の判断に理解を示しつつも、「経営は結果責任であるのも事実だ」と批判する。
町田は今年7月、赤字の原因について「デジタル家電の価格下落に尽きる」とだけ述べ、次のリーダーに失敗から学んでほしいことを問われると、「それは次の人に考えてほしい。いろんな手があると思う」と言葉少なに語った。
決断力と責任感、先見性などがリーダーの条件だが、「難しいのはリーダーであり続けること。成功を収めれば、本人の意思とは無関係に独裁者になってしまうこともある」と前出の関係者は話す。
創業100周年の前日に行われた訓示で、現社長の奥田隆司(59)は「会社は存亡の危機にある」と社員に語りかけた。
過去の失敗から何を学ぶのか。その答えを見つけ出すことが、真のリーダーになるための奥田の最初の試練だ。
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2012.10.3 11:29 (4/7ページ)[Theリーダー]
改革者の「聖域化」足かせ 「過剰な信頼と投資」/「成功体験への慢心」
自動車と並び、日本の産業をリードしてきた家電業界。それが今、瀕死(ひんし)の状態にある。パナソニック7721億円、ソニー4566億円、シャープ3760億円…と、いずれも前期(平成24年3月期)は巨額の連結最終赤字を計上した。
なぜ、ここまで衰退したのか。1990年代後半、デジタル家電時代の幕開けとともに登場した業界のニューリーダーの「成功と挫折」抜きには、今の惨状を読み解くことはできない。
「オセロのように一手で勝敗が入れ替わる」
パナソニック(当時は松下電器産業)の社長、会長として辣腕(らつわん)を振るった相談役の中村邦夫(73)は、社長時代に業界の激しい競争をこう例えた。このため社長2年目の平成13年、思い切った改革に踏み出す。
「創業者の経営理念を除いて聖域は設けない」と述べ、系列販売店制度にメスを入れ、同社の代名詞だった事業部制の解体に乗り出した。「失敗を恐れ挑戦を避けてきたこれまでの社風を破壊する」と言い切った中村。改革には当然大きな痛みを伴い、13年度は4300億円の最終赤字を計上したが、15年度には黒字転換を果たした。“聖域”に率先して突っ込み、改革を引っ張った姿はリーダーそのものだった。
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「社長在任中、中村さんが失敗したことがあったとは思えない。組織的な革新や商品におけるデジタル化の推進で家電の歴史を変えた」。経済ジャーナリストの財部誠一(56)はこう絶賛した上で、「もし失敗という言葉をあてはめるとすれば、その存在が大きくなりすぎたことだ」と話す。
V字回復を果たしたパナソニックはプラズマテレビへと傾注していく。ライバル企業が同分野から撤退しても、中村は「プラズマはわれわれの顔」と大型投資を急いだ。しかし、そのこだわりとは裏腹に、「プラズマの敗北は17年には見えていた。過剰な信頼と投資が失敗だった」(関係者)との声は多い。液晶で成功し、そしてつまずいたシャープの町田勝彦(69)と似ている。
元韓国サムスン電子常務で、東京大特任研究員の吉川良三(71)は「中村さんの路線を大坪さん(文雄前社長、現会長)は忠実に踏襲していた。事実上の院政で、リーダーとしての姿ではない」と批判する。
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平成17年9月8日。ソニーと米アップルの携帯音楽プレーヤーの新製品発表が同じ日に重なった。
アップル創業者の故スティーブ・ジョブズがステージ上で、ジーンズのポケットから取り出した「iPod nano(アイポッド・ナノ)」。ソニーの「ウォークマン」の新製品よりもはるかに薄く、スタイリッシュだった。
昭和54年に発売されたウォークマンはカセットテープからCD(コンパクトディスク)、MD(ミニディスク)へと記憶媒体が変化しても「ソニーらしさ」を代表するブランドであり続けてきた。だが、7年前のアップルとの対決では、その差は歴然だった。
平成7年に社長に就任した出井伸之(74)は「デジタル技術で夢を与え続ける企業」を打ち出し、映画や音楽、ゲーム部門の拡大に取り組み、イヌ型ロボット「AIBO」やパソコン「VAIO」など話題性のある商品を世に送り出した。12年には政府のIT戦略会議の議長をつとめ、日本のIT化のリーダー役を果たした。
それなのに、どうしてソニーは「アイポッド」を出せなかったのか。
理由の一つが「過去の成功体験への慢心」(ソニー幹部)だ。好業績にあぐらをかき、「自分がヒット商品を生み出す」という技術者が減り、時代の変化についていけなくなった。
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創業者の盛田昭夫と井深大がカリスマ性で社員を率いたのに対し、出井は同社初のサラリーマン社長。個別の事業が利益を生み出すのに、どれだけ資本を投下したのかを算出する「経済付加価値(EVA)」を導入し、無謀な投資を防いだが、「ヒット商品につながる先行投資を減らした」(関係者)といわれる。このときにソニーらしさは消えたのかもしれない。
町田、中村、出井はそれぞれの個性を発揮し、収益を拡大させていった。しかし、カリスマ性を帯びるにつれ、絶対的な存在となり業界のスピードに対応するための“障害”になったのも事実だ。
くしくも今年、3社の社長が交代した。「テレビはすでにコア(中核)事業ではない」。パナソニック社長の津賀一宏(55)は就任会見で、過去の成功体験からの決別を宣言した。(敬称略)
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「ザ・リーダー」第6部では、失敗したリーダーに学ぶべきものを探る。