昔,煩わしいことばかりに関わってきたせいか。
わたしは,ひとりでのんびりしていることの方が好きである。
大阪の友達とは,離れていても死ぬまでの友達。強い絆。
こちらに帰ってからの友達は,仁徳を備えた友達だから
なんとなく,ホッとするようなつながり。
20代の頃のように,今では議論する気にもなれない。
人とのつながりは自然にできていくもので,時間に任せていれば
それでよいと思っている。
そのひとはすぐちかくにいるかもしれない。
と,ふかえりは言う。
彼女にも,物語の中では神的な視点が与えられているようだ。
ここからあるいていけるところ。
かくれているから。
けがをしたねこのように。
でもいつまでもこのあたりにいるわけではない。
そのひとをおもいだすことがいくつかある。と天吾に尋ね
やくにたつことがいくつかある。と天吾にいう。
天吾は,家をでて駅の近くの居心地の良い店に入る。
そして,もう一度10歳の少年に戻る。それは彼の人生における
ひとつの転換点を再体験することであったと物語はいう。
あなたは孤独ではない。
彼女はじっと隠れている。ふかえりも・・。
共通した要因があるのだろうか?。と天吾は考えるが,うまく
誘導しているようにも思った。
ふかえりを追っているものと同じものではないのか,
2人を結びつけている要因があるとしたら・・。
そして教室の情景を思い浮かべ,そこに月があったことに
気づく。4分の3ほどの大きさの月がそこに浮かんでいた。
青豆は視線をそらし,その時ふたりは月を見ていたことにきづく。
公園へ行き,空をみると,
その時と同じような月がでていた。
公園の北側には6階建ての新しいマンションが建っていた。
青豆も同じ月を見ていたかもしれないと誘導される。
もう一度,夜空を見上げると
月が2つ出ていることに気付いた。
月は寡黙だったが,天吾はもう孤独ではないという。