記憶力ではなく,知識と知恵がためされる時代。
遺伝子組み換え云々の是非はよくわからない。
何もできないが,頑張ろうぜ。にっぽん。
時代を読む:嶌信彦の眼 水産業にもすごい技術開発があった
◇近大マグロの養殖に40年
「キンダイ・マグロ」のことをご存じだろうか。スーパーなどでは「近大マグロ」と書く。正式には、実は「近畿大学マグロ」、つまり近畿大学が養殖しているマグロなのである。
近畿大学は、関西の“日大”と呼ばれるマンモス大学で、実際東京の日本大学と縁がある。日大が関西で関係していた学校を“世耕一族”が買い取り、超マンモス大学に育てた学校だ。
学生数は日大、東海大に次いで日本第3位、法・経・工のほか医学部、薬学部、農学部などをもつ総合大学である。
近大マグロは、近畿大学水産研究所(本部・和歌山県白浜町)が1970年から研究をスタートし、成功させた養殖マグロなのだ。約40年もあきらめずに研究し続けてきたことに驚かされる。
「マグロの完全養殖など土台ムリなこと」とみられていたから、2002年6月に成功した時には世界の水産関係者を驚かせたという。
これまで、稚魚を海から捕えていけすで育てた「蓄養マグロ」は存在していた。しかし養殖施設内で人工ふ化した親から生まれたマグロの完全養殖は例がなかった。
稚魚を天然から取り続けるとマグロ資源の減少につながるので、蓄養マグロから卵をとって再生産を試みたのだ。これが成功したことにより、世界のクロマグロ養殖の“種苗生産、供給基地”になることもできるわけである。
◇生存率1%、11年間産卵無しでも粘る
完全養殖マグロの成功に40年近くもかかったのは、さまざまな難関があったからだ。まず最大の難問は、稚魚の大量死だった。
クロマグロの生存率はふ化後約1カ月間でほとんどが死んでしまうのだ。生後10日間の生存率は今でも10%。以前は数%だった。
しかも10日間過ぎると“共食い”が始まる。さらに衝突死や、光に驚き水槽の壁に激突死するケースも少なくなかった。またクロマグロの皮膚はきわめて弱く、人の手にふれると死んでしまうという。このため最終生存率は1%くらいに減ってしまう。
これらを防ぐため何年もかかって、共食いを減らす工夫(個体差の少ない稚魚を一緒にする)、夜間も蛍光灯を入れてパニックを防ぐ、水槽を拡大、夜間に底に沈みがちの稚魚を水流、空気の調整で浮きあがらせ、
いわゆる“沈降死”を防ぐ--などの技術開発が続けられてきた。またクロマグロは生き餌しか食べないが、それに頼ると産業化ができないので、世界中の魚粉を集めて消化吸収が良く、魚質も高まる配合飼料の実験を重ね、ようやく2008年に生き餌と同じような配合飼料が完成した。
さらなる課題は品種改良で「安定して産卵するため病気に強く、食べても安全・安心を確保できる」ことと、全身トロに近い魚体に赤身ができるようバランスをとることや太りすぎない魚体にすることなども重要だった。
このためトロをつくる遺伝子、ストレスに強い遺伝子、脂肪に関係する遺伝子……等々を見つけ出し、掛けあわせてトロと赤身のバランスなどもうまく調整されたクロマグロの種苗と固有のDNAをもった近大マグロが創出されたわけである。
この結果、トロと赤身がまじり、エサの履歴がわかり、水銀濃度が低くや抗生物質を使用せず、天然マグロの資源保護に役立つ近大マグロの完成へとつながったといえよう。
養殖研究の中心人物である村田修・近大水産研究所長は「猛スピードで泳ぐので激突死しないようにいけすを大きくし、角をつけないよう丸くするなど、それこそあらゆる試行錯誤を重ねながら完成させてきただけに感無量だ。300キロを超える巨大なマグロは大型回遊魚なので、完全養殖は不可能といわれていたが肉質も良くまずまずだった。
今後は稚魚の生存率をふやし生産量を現在の年間2000本(6万~7万トン)をいかにふやせるかです」という。世界のマグロ漁獲高は2003年の215万トンをピークに187万トン(2006年)まで減少、日本の年間消費量の6割を占める大西洋クロマグロの漁獲枠は2006年の2930トンから2010年には2170トンに削減されるといわれるから、ますます完全養殖の近大マグロのさらなる技術開発が期待されるわけである。
◇クエなど18種の魚も養殖に成功
近大水産研のすごいところは、魚の養殖技術の開発によってクロマグロ以外にも何と18種の魚に及んでいることだ。ミナミマグロ、ビンナガ、キハダなどのほかカンパチ、シマアジ、メバチ、クエなどといった高級魚の養殖にも成功している。
特に幻の魚と呼ばれるクエは和歌山県白浜温泉を中心に年間8000~1万匹を出荷、クエ鍋を中心として白浜温泉の名物料理となって街おこしにも貢献している。
さらに富山の研究所では高級魚フグの「オス化」プロジェクトがスタートしており、水温によってフグの性別が決まることをみつけ出し、水深100メートルの水で養殖するとオス化率が80%以上に上昇することもわかったという。
白子をもつオスはメスに比べ1.5倍の値段で売れるので稼ぎ高が違ってくるのだ。ちなみにクロマグロは100g約1990円と天然の半値以下、しかし味もよく、安全性も保証されているので人気が高い。
クロマグロは卵をとって人工ふ化させ、生まれた稚魚を2年半から4年かけて育てるという手間のかかる養殖である。
その後養殖で育ったクロマグロから再び卵をとり人工ふ化させて稚魚を育てるという循環で養殖するのだが、村田所長によると1983年から94年までの11年間は全く産卵せず卵がとれなかったこともあったという。
まさに苦節40年の成果だったのである。
◇食糧、資源、中小企業、医療などの育成を
日本は食糧、資源小国といわれ、21世紀の日本の生存の行方が懸念されている。
それは、20世紀に稼ぎ続けてきた家電、ハイテク製品、自動車、日用品、アパレル製品などが中国、東欧、インド、ブラジル、東南アジアなど新興国の追い上げで競争優位の条件を失い「コモディティー化(一般商品化)」してきてしまったからだ。
となると外貨の稼ぎ頭であるハイテク、自動車が競争力を落としてしまったら外貨を稼げず、その外貨で買っていた食糧や資源の輸入もむずかしくなることを意味する。
現に昨年暮れからここ4カ月の貿易収支はどんどん落ち込み、史上最低水準になってしまった。
そんな時、前回記した都市鉱山の技術開発で金・銀・銅・レアメタルなどの潜在量は世界有数であり、技術によって輸入せずにまかなえることを知った。
また食糧や魚や和牛、農作物も日本の農業技術や水産技術で安全、健康、栄養価の高い競争力がある食品を作りだしていることがわかってきた。これをみると日本の中小の技術の素晴らしさがよくわかる。
中小企業の工業製品、部品も同様である。つまり日本の21世紀には、人々や企業の生存を左右する問題を抱えているものの、民間による日本人のたゆまぬ努力で何とか安定的な維持をはかっていることがわかる。
問題はこうした産業を“3K(きつい、汚い、危険)産業”とみなし、給与が安く、社会的地位を低くしたままでいることである。もっとこれらの産業に敬意を表し、後継者に若者が就職して誇りのもてる産業に育成することだ。
農業、水産業、中小企業の後継者、技術の伝承者がいなくなれば、日本の競争力もそこで途絶え、日本の国力は弱まるばかりなのだ。
◇目先の対策だけでなく中長期的視点も
あれこれの政策は目につくが、農業や水産、畜産中小企業の長期的な育成、それと今後の少子高齢化社会に備えた介護・福祉、医療、優秀な人材を育てるための教育などにもっと投資をし、
多くの人が就職をのぞむ産業にすることが、日本の雇用や競争力強化につながることを深く認識して早く手を打っておくべきだろう。
[TSR情報3月27日号(同日発刊)]
2009年5月27日
嶌 信彦(しま・のぶひこ)
1942年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。67年毎日新聞入社。経済部、ワシントン特派員を経て、87年に退社、フリーランスのジャーナリストとなる。現在、TBSテレビ「朝ズバッ!」(木曜5時30分)BS-i「榊原・嶌のグローバルナビ」(土曜8時30分)TBSラジオ「嶌信彦のエネルギッシュトーク」(日曜23時)「ニュースズームアップ」(水曜7時)のレギュラーほか、「ニュース23」などにも出演。「フォーブス日本版」「財界」に連載中。
白鴎大学経営学部教授、慶応大学メディアコム講師を兼任。
主な著書は「ニュースキャスターたちの24時間」(講談社α文庫)、「自分を活かす構想力」(小学館文庫)、「首脳外交――先進国サミットの裏面史」(文春新書)、「一筆入魂」(財界研究所)、「儲かる感性」(小学館)など。
NPO法人「日本ウズベキスタン協会(03-3593-1400)」会長も兼務。入会金2000円、年会費5000円。
日本ウズベキスタン協会のサイトはhttp://homepage2.nifty.com/silkroad-uzbek/index.html
Eメールはjp-uzbeku@nifty.com