実はたいへんなものをつくっています。
当時、あまりの酷さに抗議に来た時計屋のおくさんと
材木屋のおばあさんに工場長は言った。
15分もあれば1周できるほどの小さな工場だった。
工場に隣接する民家は2軒とも癌でなくなった。
微量に含むその物質は催奇形性のある物質で非常に強い
毒性があった。
わたしたちが現地へ行ったころには、目がチカチカするほどの
刺激臭はなかった。
ある田舎町にその工場はあった。
245TCPと書けば、わかる。関連会社である。
工場の従業員にも被害がでているはづなのに、その実情は
わからなかった。
いまはその工場はない。(生産はしてない)
工場長たちはそこの工場長でなかったことに安心したかも知れない。
工場長、従業員、住民のこころを思う。それぞれに複雑である。
でも選択を迫られる時が来る。
どのような選択をするのかは自分のことしかわからない。
原子力も発電所にもなれば原子爆弾にもなる。何に使うか?。
それを使う人の意思によって決まる。
神ではない何か巨大な意思がそこにあるような気がする。
僕は会社を辞めたが、周りに注意を喚起し、まだ会社に残ってる
いるものもいる。
彼らはえらいと思う。
彼らは、なんら個人的な利益にもならないのに頑張っている。
技術者の良心を持って。
わが一生の友よ。また、会おう。