明治以前、世界が絶賛した日本の意外な「技術」とは
ダイヤモンド・オンライン
佐藤智恵
2 時間前
29.10.06.
ハーバード大が授業で取り上げる「堀直虎」とはどんな人物か: デビッド・ハウエル教授© diamond
日本は「海外の文化をうまく取り入れて発展してきた国」という印象が強いが、ハーバード大学で日本史の授業を教えているデビッド・ハウエル教授は、それとは逆に日本が世界に影響を与えてきた歴史もあるという。明治時代以前、日本はどの分野で良い影響を世界に与えてきたのだろうか。そして、今後、日本が世界に貢献するための課題とは?前回に続き、ハウエル教授に聞いた。(2017年4月20日、ハーバード大学にてインタビュー)
明治以前の日本が世界に与えた影響
佐藤 日本は海外の文化をうまく取り入れて発展してきた国だとよく言われていますが、明治時代以前に、日本が世界に影響を与えた事例は何かないでしょうか。
ハウエル 漆器が最も有名ではないでしょうか。16世紀、ヨーロッパの学者は日本の物質文化に関心を示し、漆器の技術をこぞって研究しました。その技術は北アメリカや南アメリカまで伝播していったのです。2015年にボストン美術館で「メイド・イン・アメリカ:新世界がアジアと出会う」という特別展が開催されましたが、そこには、日本の漆器技術を取り入れてアメリカ大陸でつくられた漆器が数多く展示されていました。
佐藤 南アメリカまで、ですか。
ハウエル そうです。16世紀後半から17世紀前半にかけて来日したスペイン人が、日本から漆器を持ち帰り、その技術がスペイン領のメキシコやペルーにまで伝わったのです。さらに漆器技術はスペインからイギリス・フランスを経て、北アメリカへと伝播しました。ボストンでは多くの漆器がつくられ、漆器製造の中心地となりました。ご存じかもしれませんが、英語の「japan」は漆器を意味します。
漆器だけではありません。16世紀、日本にやってきた宣教師や商人は、日本の豊かで洗練された文化に、感銘を受けました。17世紀に入って、日本が鎖国体制を取ると、日本を訪問することが難しくなった分、日本への興味はさらに増すことになりました。それは授業でも教えている『ジョン・セーリス日本航海記』(*1)からも明らかです。
佐藤 日本は技術と製品で世界に影響を与えてきたのですね。
ハウエル 漆器技術の他に思いつくのが、肥料製造技術です。18世紀後半から19世紀前半にかけて、多くの欧米の化学者や農業技術の専門家が、日本と中国で発達した肥料製造技術について研究しています。具体的には人間の排泄物を農業肥料として活用する技術です。
たとえばイギリスには、「人間の排泄物はとても良い肥料になることはわかっています。日本や中国と同じように、私たちも肥料として生かしましょう」と専門家が農家に手紙で呼びかけている記録が残っています。最終的にはうまくいきませんでしたが、アメリカでもヨーロッパでも、何とかして日本の肥料製造技術を真似して取り入れようとしていたことがうかがえます。
現在、日本は先端技術に優れた国として世界から認識されていますが、江戸時代までは前近代的な国家だったという印象が強いのではないでしょうか。しかしながら、漆器技術、農業技術など、欧米よりもずっと進んでいた分野もあったのです。
佐藤 日本人の技術力を象徴する話として、日本では「反射炉」の話が有名です。江戸時代末期に、佐賀藩や薩摩藩などでは洋式の大砲を鋳造するために反射炉を作ろうとしたが、鎖国状態だったため外国から技術者を招聘できず、オランダの技術書のみを参考に日本人だけでつくってしまったという話です。なぜそのようなことが可能だったと思いますか。
(*1)ジョン・セーリスは、イギリス船として初めて日本に来航したイギリス東インド会社の貿易船「クローブ号」の船長。『日本航海記』は1611年4月18日英国ケント州ダウンズ港を出帆してより、1614年9月27日プリマスに帰帆するまでの航海および日本滞留日記。平戸に入港し、駿府、江戸において家康や秀忠に面会して、王の親書を奉呈し家康の返書、ならびに通商免許状と土産物を受けて帰国した。
ハウエル もちろん多くの試行錯誤を重ねたと思いますが、江戸時代末期、長い歴史を持つ日本には、すでに建築、製鉄、鋳造などの技術が蓄積されていました。特に鍛治技術や刀を製造する技術には卓越していたと思います。
反射炉を建設する上で、日本にない技術がいくつか必要だったかもしれませんが、ほとんどの技術はすでに日本国内にあったのではないでしょうか。基礎があったからこそ、技術書だけで建設できたのだと思います。
そうはいっても、私は「技術書があれば何とか建設できる」と考えて、実際につくってしまった当時の日本人は本当に素晴らしいと思います。
日本の強みと課題は何か
佐藤 日本の強みは何だと思いますか。
ハウエル 日本の一番の強みは、日本人だと思います。日本の教育水準が著しく高いのは誰もが認めるところです。日本が豊かで平和な国家を築けたのも、教養ある国民がいたからです。
歴史の長い日本には良いものがすべて残っています。現在、日本は1960年代、70年代の高度成長期で成功した経済成長モデルの転換期にありますが、私は日本の将来については極めて楽観的に考えています。これほどの国民がいれば、現在直面している課題も乗り切れると信じています。
佐藤 日本の課題は何だと思いますか。
ハウエル 日本の強みが日本人なら、日本の課題も日本人です。少子高齢化は大きな問題で、日本政府は遅かれ早かれ、移民政策を見直す必要に迫られると思います。
人口の高齢化に伴い、看護師や介護士が圧倒的に不足しているにもかかわらず、インドネシアやフィリピンの人たちが日本で働きたいと思っても、日本語能力の問題で就労許可が出ず、長期間働くことができません。これはいずれ問題になってくると思います。彼ら、彼女らの助けなくしては、日本の高齢者に十分なケアを施すことができません。働き盛りの人が介護のために離職したり、休職したりするのは日本特有の現象ですが、これも日本の経済成長にとってはマイナスの影響を与えていると思います。
それから、若者の内向き志向も問題です。もっと日本人の若者は海外で学んでほしいですね。
佐藤 大学院のみならず、ハーバードカレッジで学ぶ日本人が増えるといいですね。
ハウエル もちろんです。中国や韓国からは多くの若者がハーバード大学に学びに来ているのに、日本人の若者はほとんどいません。しかも、日本人学生は、日本国外で育った人が多いのが特徴的です。
日本政府には、もっと学部生の海外留学を推奨してほしいですね。留学しても日本の社会でマイナスにならないような教育制度にすることが必要でしょう。また、日本企業には海外大学の卒業生を積極的に採用してほしいです。これらはとても小さなことですが、日本の将来にとって大きな意味を持つことです。
日本の大学生は、学生時代の多くを「就職活動」に費やしますね。就活シーズンには、学業よりも就職活動を優先する傾向さえあります。その気持ちはわかるのですが、もう少し、気楽に考えられるといいなと思います。
私はこれまでプリンストン大学とハーバード大学で教員を務めてきましたが、両校の学生は特段、就職活動もしないのに、ほぼ希望通りの職業についている印象があります。そもそも就職活動をしなくては、という切迫感もありませんから、在学中は学業以外にも様々な活動に参加できるのです。
佐藤 なぜアメリカの大学生はそれほど気楽に考えられるのでしょうか。
ハウエル 彼らはとりあえずどこかでちょっと働いてみて、そのあとのことはそのとき考えよう、というスタンスなので、大学卒業時の「就活」については、気楽に考えられるのです。
「大学を卒業したら何をしようかな。NPOで少し働いてもいいし、金融機関に就職してお金を稼いでもいいし、1年ぐらい海外に滞在してもいい。さて何をやろうか。そのあとは、大学院でもいこうかな」という感じなのです。つまり、「21歳や22歳で就職した会社が、自分の人生を決定しない」という考え方で、就職先を選びます。
佐藤 日本が世界に貢献するのに取り組むべきことは何ですか。
ハウエル 歴史的に見ても、日本はガラパゴス化する傾向がありますから、できる限り「開国」してほしいですね。
佐藤 現代の日本は、江戸時代に似ていると思いますか。
ハウエル そういう面もあります。日本を開かれた国にするか、それとも閉ざされた国にするのか。それを決めるのは政治的リーダーの役割ですが、今の状況は決して望ましいものではありません。現代の日本は私には「表面的には開いているように見えるけれども、実際は閉ざされている」ように見えます。実は、現在、アメリカも同様の問題を抱えていますが、それでは世界はよくなりません。
日本人は明治のリーダーのように、もっとコスモポリタンになってほしいですね。
明治のリーダーたちは本当に国際的だったと思います。積極的に欧米に留学しましたし、英語も堪能でした。北海道大学に留学していたとき、札幌農学校の英語の宿題の記録を見たことがありますが、当時の学生の英語力には感服した覚えがあります。外国人から英語を習う機会などほとんどなかったにもかかわらず、完璧な英語の作文を書いていたからです。明治の人たちがこれだけできたのだから、現代の日本人もその気になれば英語も話せるようになるし、コスモポリタンになることができると思います。
佐藤 なぜ世界中の人々がコスモポリタンになれば、世界はよりよくなるのですか。
ハウエル 人間には自分をよく見せたいという欲望がありますが、国家にも同じような欲望があります。ところが、他国にいい顔をするだけでは、自国の利益は守れません。そこに内向き志向が生まれ、対立が生まれます。ではどうすれば、お互いを利する関係を結べるのか。それには、人と人が交流して、互いに学び合うしかありません。実際に外国に滞在してみれば、外国の人たちの考え方や見方をよく理解できます。常識や偏見を超えて発想できるようになります。それがひいては自国も世界もよりよくすることにつながると私は信じています。
デビッド・ハウエル (David L. Howell)ハーバード大学教授。同大学東アジア言語文明学部長。専門は日本史。ハーバード大学では学部生を対象に日本史の授業「アジアの中の日本、世界の中の日本」を教える。特に江戸時代、明治時代の社会史に詳しい。著書に「ニシンの近代史―北海道漁業と日本資本主義」(岩田書院)がある。佐藤智恵(さとう・ちえ)1970年兵庫県生まれ。1992年東京大学教養学部卒業後、NHK入局。報道番組や音楽番組のディレクターとして7年間勤務した後、2000年退局。 2001年米コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、外資系テレビ局などを経て、2012年、作家/コンサルタントとして独立。コロンビア大学経営大学院入学面接官、TBSテレビ番組審議会委員、日本ユニシス株式会社社外取締役。主な著者に『世界のエリートの「失敗力」』(PHPビジネス新書)、『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書)、『スタンフォードでいちばん人気の授業』(幻冬舎)、最新刊は『ハーバード日本史教室』。佐藤智恵オフィシャルサイトはこちら