日立が失敗続きの伊鉄道会社を買収したワケ ヨーロッパ大陸に信号と車両製造で足がかり
東洋経済オンライン
27.11.07.
橋爪 智之
2 時間前
アンサルドブレダ社の集大成、ETR400型特急列車© 東洋経済オンライン アンサルドブレダ社の集大成、ETR400型特急列車
2015年11月2日、日立製作所とイタリアのハイテク関連企業・フィンメカニカ社は共同で声明を発表した。フィンメカニカ社傘下の鉄道車両製造部門であるアンサルドブレダ社の既受注案件と修理修繕事業など一部を除く事業、およびヨーロッパの鉄道信号分野の大手企業、アンサルドSTS社のフィンメカニカ社が保有する全株式(発行済み株式の約40%相当)を日立が買収するという契約(2015年2月24日締結)について、完全に成立したと発表した。
フィンメカニカ社は、傘下2社を譲渡する条件として、両社とその従業員のために可能な限り最高の未来を確保することを条件とし、日立製作所こそがそれに最も相応しい企業として最終合意に達した、としている。
ただ、日本人には馴染みのない、このアンサルドブレダ社・アンサルドSTS社とは、どのような会社なのか。そしてなぜ、日立はこの両社を買収するに至ったのだろうか――。
アンサルドブレダ社は、元々一つの会社ではなかった。それぞれ別の歴史を辿ってきた、イタリアの重工業・電機メーカーであったアンサルド社とブレダ社が、業界再編の流れの中で2001年に合併したことで誕生した。その親会社であるフィンメカニカ社は、世界22か国に362の営業・製造拠点を持つハイテク関連企業で、航空・防衛分野においては世界でもトップレベルの有名企業だ。ミラノ証券取引所に上場し、年間収益は約160億ユーロ(2013年)を誇る。
アンサルドブレダ社の合併前の歴史は古い。アンサルド社は、エンジニア・建築家であったジョバンニ・アンサルドによって1854年に設立された。イタリアの時の首相、カミッロ・カヴールは、当時高価だったイギリス製の機関車を輸入することに依存せざるを得なかったため、国産化を推進するべく同社を強力に後押しした。
日立が失敗続きの伊鉄道会社を買収したワケ ヨーロッパ大陸に信号と車両製造で足がかり
アンサルドブレダ社の集大成、ETR400型特急列車
同社の最初の業務は、海軍向け蒸気ボイラーとともに、国産蒸気機関車を設計・製造することで、1855年から1858年にかけて、最初のイタリア国産蒸気機関車を納入した。やがて訪れる2回の世界大戦中には、大砲や銃弾など軍需産業に参入するが、戦後は再び鉄道車両やその関連商品を製造した。また、電気・信号関連分野は、のちに今回同時に買収されるアンサルドSTS社として独立している。
一方のブレダ社は、機械技師エルネスト・ブレダによって1886年に設立された小さな工場が始まりであった。鉄道車両の製造のみならず、金属加工業全般を業務内容とし、兵器の製造なども行っていた。航空機ファンにとっては、軍用機メーカーとしてその名を知られている。鉄道分野においてブレダ社の名前を有名にしたのは、1936年にデビューしたETR200型で、翌年の試験走行では203km/hを記録した。
また、1952年に誕生し「セッテベッロ」の愛称で親しまれたETR300型は、運転台を屋根上に持ってくることで前面展望を楽しめる画期的なデザインとなったが、このデザインは後に小田急ロマンスカーや名鉄パノラマカーへ影響を与えたと言われている。
その後、世界規模で業界再編が行われる中、両社は2001年に合併し、新生アンサルドブレダ社としてスタートする。
アンサルドブレダ社の取扱製品は、主にイタリア国内へ向けて出荷されたほか、北米向けにトラム車両を多く納入した実績がある。
その他ヨーロッパ域内への展開には、それほど積極的ではなかったが、なかでも人気となったのは100%低床式トラム「シリオ」で、イタリア国内各都市以外にも、ヨーテボリやオリンピック開催に合わせてアテネ市へ納入され、開業した。
また、アンサルドSTS社の自動制御システムを取り入れた自動運転システムも定評があり、まず2002年にデンマークのコペンハーゲンで採用され、その後自国ミラノ市の新路線である地下鉄5号線に採用された。
しかし、それ以外の製品は、イタリア以外で多く採用されることはなかった。現在、イタリア国内の高速列車フレッチャロッサに使用される、最高速度300km/hを誇るETR500型は、トルコ国内に建設中だった高速新線でデモンストレーション走行をするなど、契約へ向けて交渉が行われたが、結局この商談は成立しなかった。
また機関車も、各国への乗り入れに対応する車両を開発し、地元のトレニタリア社にE403型として納入されたが、他国で採用されることはなかった。
すでに各国へ納入実績が多数あり、量産体制が確立しているボンバルディア社やジーメンス社の開発した汎用機関車に、特にコストの面で太刀打ちできなかったのだ。
アンサルドブレダ社のつまずきは、他国からオーダーされた新型車両にトラブルが多発したことで、徐々に深刻の度合いを深めていく。
日立が失敗続きの伊鉄道会社を買収したワケ ヨーロッパ大陸に信号と車両製造で足がかり
アンサルドブレダ社の集大成、ETR400型特急列車
既存車両の置き換えを目的として、デンマーク鉄道から受注した新型気動車IC4型は、これからのデンマーク都市間輸送の主力となるはずであったが、納期の遅れとコンピューターシステムの不具合により、通常運行に支障をきたすようになり、デンマーク鉄道側は、速やかにトラブルが解決されなければ、すべての契約を破棄すると最後通告を行う事態となった。結局、アンサルドブレダ側が保証金2億5000万デンマーククローネを支払うことで和解したが、同社にとっては大きな痛手となった。
さらに追い打ちをかけるように、同社はもう一つの問題を抱えていた。オランダとベルギーを結ぶ高速列車フィーラ(FYRA)は、両国の鉄道が共同出資したジョイントベンチャーの運行会社で、V250と称する最高速度250km/hの新型車両19編成がアンサルドブレダ社へオーダーされていた。しかし、やはり納期が遅れたことに加え、2012年12月の運行開始から度重なるトラブルが発生したことで、そのわずか3週間後の2013年1月に、全車両の運行認可が取り消されるという事態になった。
オランダ・ベルギー両鉄道は、残りの全車両の受け取りを拒否し、納入されたものも含め、すべてメーカーへ返品することを要求した。結局、アンサルドブレダ社は違約金の支払いと同時に、すべての車両を買い戻すことに合意、2014年には全編成がイタリアへ返品された。
失敗続きで信頼が失墜したメーカーを日立はなぜ買うのか。日立としては、車両製造部門であるアンサルドブレダ社よりも、まず信号システムのアンサルドSTS社に興味があったのではと推測される。
現在、ヨーロッパでは国境を超え、各国間の移動をよりスムーズにするために、各国の鉄道会社はインターオペラビリティ(相互運用性)に注力しているが、その一つが信号システムの統一であった。これまで、各国で採用されていた信号システムは、各国が独自に開発したもので、国を跨いで直通運転するためには、必ず相手国の信号システムを備えていなければならなかった。
この問題を解決するために開発された、ヨーロッパ標準信号システムERTMS/ETCSは、地上設備が整えば、ヨーロッパ中どこでも直通運行可能となる画期的なシステムだが、アンサルドSTS社は、その信号システムメーカーの最大手企業の一つだ。個々の技術力としては高いはずの日本企業が、これまで海外への市場展開が弱かった部分の一つとして、車両は車両メーカーが、インフラはインフラ会社が、というように、分野によって完全分業制となっていたところが挙げられる。海外の大手企業、例えばヨーロッパのビッグ3と呼ばれる3社は、いずれも車両だけでなくインフラも含めて売り込んでいる。
今回、日立がアンサルドSTS社を取り込んだことは、ヨーロッパ標準信号システムのノウハウを得たことを意味し、これは今後、日立がヨーロッパで事業を展開していく上では、欠かすことができない重要なキーポイントであることは間違いない。
では車両製造部門は、今回の買収では単なるおまけで、必要ないものだったのか。そう考えるのは早計で、こちらも日立にとっては、今後ヨーロッパで事業展開する上で重要な足掛かりになることは間違いない。日立は、英国の高速列車更新事業の案件を受注し、英国のニュートンエイクリフに新工場を建設したばかりだが、これから特にヨーロッパでの新規受注を目指すには、いずれさらなる製造拠点が必要となるし、特に大陸側に設けることの意義は大きい。
日立が失敗続きの伊鉄道会社を買収したワケ ヨーロッパ大陸に信号と車両製造で足がかり
アンサルドブレダ社の集大成、ETR400型特急列車
もちろん、大きな失敗を2つも犯した企業を買収するというのは決断のいることだったに違いない。前述のようなお粗末なトラブルが多発することは、企業イメージにとっては大きな痛手で、一度失墜した信頼を取り戻すことは、相当の労力を要することは間違いない。
しかし、アンサルドブレダという会社はマネジメントの部分や、品質管理の面をしっかり整えれば、決して技術力がないメーカーではない。イタリアは、個々の技術力、創造力の高さは、元来他のどの国よりも優れている部分があり、うまく歯車が噛み合えば、素晴らしいものを生み出す力がある。それは、イタリアという国が独自の技術をもって最高速度300km/hの高速列車を生み出した数少ない国の一つであることを見れば明白で、その技術の一翼を担ってきたのは、他ならぬアンサルドブレダ社だ。
また、日立を含む日本企業や製品のブランドイメージは、きちんと納期を守るなど組織としてのきめ細やかな管理能力と、故障などのトラブルが少ない高い信頼性であるということは、ヨーロッパではよく知られており、日本のこうした企業風土で、イタリア特有の高い技術力をまとめ上げることができれば、非常に強力なタッグになると言えるかもしれない。