日本の財政破綻は起こるのか起こらないのか ギリシャ問題を機に日本の財政を考える
東洋経済オンライン
27.08.15.
山田 俊浩
1日前
左から古川元久氏、水野和夫氏、小幡績氏。白熱の議論の中身をご紹介!© 東洋経済オンライン
8月3日、古川元久氏の新刊『財政破綻に備える 今なすべきこと』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の出版を記念した講演会が六本木アカデミーヒルズで開催され、それに続き、パネルディスカッションが行われた。登壇者は古川氏のほか、『資本主義の終焉と歴史の危機』の著者・水野和夫氏と『リフレはヤバい』『円高・デフレが日本を救う』の著者・小幡績氏。テーマは「財政破綻に備えていまなすべきこと」「円安の罠と通貨の未来」「資本主義の未来」の3つ。モデレーターは東洋経済オンライン編集長の山田俊浩が務めた。その抄録をお届けする。
――今日の主催者であるディスカヴァー・トゥエンティワンの干場弓子社長、水野さん、古川さんはお三方とも愛知県立旭丘高校のご出身です。水野さん、古川さんの財政問題に対する考えは非常に近いところがあると思いますが、同じ旭丘高校出身者の中には、河村たかし市長のように真逆のことを言っている人もいる。減税しろ、国の借金は資産なんだ、と。そしてこういう政治家が地元では人気があるわけですね。どう思われますか。
古川元久(以下、古川):増税します、と言うよりも、減税をするんだ、と言ったほうがウケがいいのは当然だと思いますが、問題は国の借金は資産と言えるかどうかです。ひとつの主張だとは思いますが、一般的にはそうは思われていませんよね。
――古川さんは「日本は財政破綻する」という立場をとられています。そうだとすると、その日までにどう備えるか、というのは国民として何をすべきか。もうひとつは政府として何をすべきか、という2つの論点があろうと思います。今日は、政府は何をするべきかという点でお話を進めていきます。まず、小幡さんからお願いします。何をするべきでしょうか。
小幡績(以下、小幡):企業が倒産するときと同じです。企業は倒産しても消滅するわけではなく、営業は継続され、オーナーチェンジが起こるだけです。そのときにうまく再生できるかどうかは、倒産前にきちんと倒産後の準備をしていた場合です。いわゆるプレパッケージドデフォルトです。
国も基本は変わりません。国家財政の破綻は歴史的には珍しいことではありませんし、私は日本は財政破綻すると思っていますので、そのときにどうするのか、今から、倒産後の再生案を作っておくべきです。
ギリシャでいちばん問題なのは、国家財政の破綻ではなく銀行システムの破綻で、これが経済を壊している。資金だけでなく、自国をあきらめた優秀な労働力が国外に流出し、経済の力が大幅に低下しているのです。
国家財政の破綻イコール経済全体の破綻ではないので、民間経済に波及させず、国家財政の破綻に止めるべきです。日本も、破綻しても、民間経済への波及を最小限にとどめれば、みなさんが現在議論しているよりも影響が大きくない可能性もあります。
水野和夫(以下、水野):私は、必ず日本が財政破綻すると言われると「そうかなあ」と思いますね。それ以前に、起きないようにどうするかを考えるべきでしょう。
ただ、古川さんが著書の中でも主張している「金利の上昇が破綻のトリガーになる」という点は、そのとおりだと思います。ではどうしたらいいかというと、まず1000兆円超の借金については、返してもらうことをあきらめることです。国債を現金化したい人には市場でスムーズに行えばいいのです。全員が明日換金の要求をしないようにすることが大事です。預金者は、日本という大赤字の会社に出資したのだと思い、利息ゼロを受け入れるしかありません。
財源を確保するため消費税を上げるという案も耳にしますが、それを行うのは、所得税の逆進性、法人税負担率の低い企業が多いこと、これらの問題を解決してからです。
志賀櫻さんは、最大のタックスヘイブンはケイマンではなくウォール街、次がロンドンのシティだと言っています。アマゾンやグーグルは、どこの国に対しても見合った額の税を納めていません。こういった企業を優良企業ともてはやすのは、間違っているのではないでしょうか。
多くの収入を得ている個人についても同様です。ジョージ・ソロスはもっと自分に課税すべきだと言っています。
古川:私が提示している「国家財政が破綻する」というのは、最悪のシナリオです。突然そうなる訳ではありません。それに至るには段階があります。大事なのは、最悪のシナリオを想定し、各段階で、なんとかしてそこに至らないように最大限の努力をすることです。
そもそも国家財政が破綻した場合、最大の被害者は国民です。ギリシャで銀行の前に長蛇の列を作っていたのも、一般庶民です。万一、財政破綻が起きてもこういった普通の人たちの最低限の生活が確保され、被害が最小限に食い止められるように今のうちから準備をしておく必要があります。
私の政権時代の経験上でもそうですが、時の政権は基本的に現在の政策がうまく行くことしか考えません。最悪のケースを考えてそれに備える政策を考えることはできないのです。ですからそうした想定と準備こそ、政権交代を目指す野党はしっかり準備しなくてはならないと思います。本当に財政が破綻するような事態となれば、その時にはもう一度政権交代が起きる可能性は高いと思いますから、それに備えた準備はしておかなければならないと思っています。
小幡:古川さんは国家財政が破綻すると「ハイパーインフレ」「国債の暴落」「予算カットと増税」「円の暴落」が起こるとおっしゃっていますが、このうちの3つは、直接起こることではありません。
そして、この3つが起きなければ、国家財政破綻の影響は最小限で済みます。たとえば、ギリシャは、自国の通貨ではなくユーロを使っていますから、ハイパーインフレと自国通貨の暴落は起きず、国債も実質的に民間に対しては発行できない状態ですから、実は、財政破綻が経済に波及する影響は限定的です。
だから、皮肉を込めて言えば、チプラス首相とEUは、「予算カットと増税」についてにらみ合いを続けることができたのです。日本も、政府財政の問題を民間経済の問題に波及させないことが重要です。
――素人のツッコミをしますが、IMF管理下に入った韓国などがその後、発展をした。ギリシャとの比較をするよりも、韓国と比較をしたほうが日本からみるとわかりやすいような気もしますが、どうなのでしょうか。
小幡:当時のアジア通貨危機の問題は、民間経済のバブル崩壊が、通貨暴落をきっかけに起きたという問題なので、まったく比較できません。また、改革は進みましたが、犠牲ははるかに大きく、わざわざ経済全体を破綻させるということはあり得ませんし、望ましくありません。政府の財政破綻とは別なのです。
――なるほど。続いて2つ目のテーマに移ります。日本の通貨・円について伺います。円安傾向が続いていくと何が起こるのか。
小幡:円安は最悪ですね。通貨の力は国家の力です。資本主義は自国の通貨を強くし、それを広める戦いです。自ら弱くしていくのは愚かなことです。
水野:まったく同感です。円安に誘導して輸出を増やすといっても、実際にはそういったことは起きていません。経常赤字が黒字化したのは、原油価格が少し下がったことによる影響です。
そもそも、輸出で稼ごうというのは時代遅れの重商主義的な考え方です。需要のあるところに拠点を構えて、そこで得た利益をすべて日本に還元しようというのは、植民地主義的発想です。利益は当該国に還元すべきなのです。したがって、円安は日本を貧乏にするだけで、利点はありません。
古川:国民が「日本は本当に豊かになった」という実感を持てるようになったのは、1985年のプラザ合意以降ではないでしょうか。「地球の歩き方」が出版されて、誰でも気軽に海外旅行ができるようになったのも円が強くなったからです。
いまや日本のGDPにしめる輸出の割合は15%ほどですから、円安で仮に輸出が増えたところで、経済全体には大きな影響を及ぼさないのです。むしろ食べ物でもなんでも、値段の安い物の多くは輸入品です。したがって「少しでも安い物を」と安さを求めて生活防衛をしている一般庶民にとっては円安の進行で安い物の値段が上がり、生活が苦しくなって消費が低迷し、経済の足を引っぱっています。
――しかし、経団連を支える輸出型の大企業の経営者は、円安は善であると考えています。その主張を受け入れたのが安倍政権です。
古川:大企業の経営者はほとんどがサラリーマン経営者で、こうした人たちは自分の在任期間の業績しか考えていないからではないでしょうか。東芝の不正経理問題に象徴されるように、長い目で見れば、そうした短視眼的な発想はいいはずがありません。
――3つ目のテーマは壮大なもので「資本主義は終わるのか」。これは水野さんからご説明をお願いします。
水野:もう、すでに終わっています。それを終わっていないことにしようとするから、いろいろなところに弊害が出ているのです。
とはいえ、資本主義をどう捉えるかによって、答えは変わってきます。フランス革命以降、王様ではなく国民のための仕組みとして生まれたのが資本主義と社会主義で、どちらの方がより大きな生産力を持ち、国民に応えられるかを競ってきました。
社会主義は兵器を作って見事に軍人の要求に応えました。そして、資本主義はテレビ、洗濯機、冷蔵庫といった「三種の神器」と呼ばれるものを作って、国民の期待に応えてきました。資本主義はその後、ものすごく国民の要求に応えられるようになった。特に日本では、欲しいものがあれば深夜3時であっても歩いて買い物に行ける環境を整えました。つまり国民一人ひとりが王様のような要求をできるようになったのです。
でも、こういった資本主義はもう終わっていますから、そうはっきりさせるため、葬式をしたらいいと思いますよ。
小幡:“資本主義2.0”についてはどうなんですか。水野さんの本のタイトルにもありますが、終わっているんですか。
水野 資本主義2.0とは、「電子・金融空間」(バーチャル空間)で利潤を追求する資本主義のことを指しています。1.0は「実物投資空間」(地理的空間)で利潤を追求します。1.1が「地中海資本主義」でこれは16世紀はじめに終焉し、大航海時代を契機の1.2が工業化・都市化が進んだ近代資本主義です。日本の1億人が求めた「三種の神器」が広く行き渡った時点で近代資本主義は「より遠く、より速く」の使命を達成しました。しかし2.0の世界になっては、「電子金融空間」で利ざやを稼ぐことは1億2千万人が広く要求しているものではありませんよね。
小幡:僕は、資本主義は有史以来のものであり、水野さんの言う近代資本主義は死んでも、新しい時代の資本主義の形に進んでいくだけだと思っています。これまでの資本主義と国民国家は、ともに終わるでしょう。
水野:突き詰めれば、フロンティアがなくなってしまったことが影響しています。いまや宇宙空間か海底しかない。宇宙空間に行って、宇宙人と出会ったとして、交易を行う際の為替レートはどうするか、あるいは相手とそもそも交易をできるのか、という悩みもある。だいたいにおいて人類は好戦的なので、宇宙人と出会うといいことにならないかもしれない。だから、私は宇宙人とは出会わないほうがいい、と思っていますけれども。
資本主義でいう資本を「石ではなく種子だ」と定義すると、いくら資本を投入しても実はならないのがゼロ金利ですので、やっぱり資本主義はもう終わっています。「電子・金融空間」で資本を投下して、それが実であると考えれば、資本主義は今後、形を変えて生き延びるのでしょうけれども、そこでなる「実」は99%の人々にとっては幻影なので、資本主義2.0は認めるわけにはいかないのです。
――いったん無くなってしまったように見えるフロンティアを再開発ということで、また開発するべき周辺に変わっていくということはできないのでしょうか。
水野:再開発というのは、その一方で空き家が増えて過剰資本の問題が起きたり、非正規社員を増やして格差の問題が起きたりしてしまう。これは、そう簡単なことではありません。今の資本主義のあり方では、なかなか難しいことです
古川:私は「新しい資本主義」はあり得ると思います。そもそも日本において資本主義というのは「日本の資本主義の父」と言われた渋沢栄一の言う合本主義の発想、すなわち「ひとりではできないことでも大勢が力を合わせればできる」という考え方が根底にあったのではないでしょうか。たとえばこうした視点から、日本から、「新しい資本主義」の形を見い出していくことは可能だと思いますし、しなければならないと思います。
小幡:その新しい形の資本主義ですが、今の資本主義が終わった後の新しい形、その提示を水野さんに聞いてみたい。本の中では、私にはわからないと、言っていますが、ぜひ逃げずに教えてください。
水野:そう簡単なことではないです。だって中世から近代への移行もコペルニクス、ガリレオ、ニュートンという3人がそろっていたからなしえたことです。ひとりではどうしようもありません
小幡:では、この3人で取り組んでいきましょうか。
水野:そうしましょう。
――本日はありがとうございました。
(構成:片瀬京子)